おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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第九十七話『森の噂と、最初の来訪者』

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春本番を迎えた、穏やかな畑仕事。バロンがくれた鉄製の農具のおかげで、作業はこれまで以上に捗っている。温室の野菜は元気に育ち、ヤギのメイ親子は若草を食み、全てが完璧な日常。
しかし、俺は、森の空気に、ほんの僅かな『不協和音』を感じ取っていた。
それは、本当に些細な変化だ。獣が枝を踏む、乾いた音とは違う。もっと粘り気のある、人間がぬかるみに足を取られ、慌てて木の枝を掴むような、不自然な音。そして、風に乗って運ばれてくる匂い。森の土や若葉の香りではない、都会の路地裏を思わせる、汗と、鉄と、そして、微かな『恐怖』の匂い。
(気のせいか…?)
俺は、鍬を動かす手を止め、じっと森の奥を見つめた。

その変化を、誰よりも早く、そして明確に捉えたのが、シラタマだった。
彼は、畑の土を掘り返して遊んでいたのを、ふと、ぴたりと止めた。そして、森の奥の一点に向かって、その黒い鼻を、くんくんと激しく震わせ始める。やがて、その喉の奥から、低く、地を這うような唸り声が漏れた。
それは、キバいのししと対峙した時のような、剥き出しの敵意ではない。自分の縄張りに、招かれざる者が迷い込んだことを告げる、冷静で、そして威厳に満ちた『警告』。
「どうした、シラタマ?」
俺が声をかけても、シラタマは警戒を解かない。そのただならぬ様子に、リディアも鍬を置き、静かに剣の柄に手をかけた。俺たちの間に、言葉はなくとも、完璧な連携が生まれていた。

俺たちは、シラタマが警戒する方角を、リディアを先頭に、慎重に調査しに向かった。
すると、森の開けた場所で、倒れている二人の人影を発見した。旅人風の、若い男女の二人組。男の方は足を怪我しており、女の方は、疲労困憊で気を失いかけている。彼らは、森の奥で道に迷い、数日間さまよった末、ついに力尽きてしまったのだ。
俺は、彼らが敵意を持つ存在ではないと判断し、すぐに救護活動を開始した。
「リディアさん、まず傷口を洗浄します。下手に薬草を詰めるより、清潔にすることが最優先です」
俺は、スキルで、いくつかの医療品を召喚した。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:118/150 → 100/150】
Dランクの『コンタクトレンズ用の生理食塩水』と『消毒用のウェットティッシュ』。Cランクの『幅広のガーゼと包帯セット』。コストは合わせて18。
「ユキ殿、それは…?」
「涙と同じ塩分濃度の、世界で一番体に優しい水です。これなら、傷口を刺激せずに、汚れだけを洗い流せます」
俺は、その清潔な水で、男の傷口を丁寧に洗い流していく。そして、『毛抜き』で、傷口に深く入り込んだ、木の棘や土を、ミリ単位の精度で、慎重に取り除いていく。その、外科医のように淀みない手つきに、リディアは息をのむ。
仕上げに、消毒用のウェットティッシュで傷の周りを清め、幅広のガーゼと包帯で、完璧な処置を施す。ついさっきまで、土と膿にまみれていた傷口は、驚くほど清潔な姿を取り戻していた。
「…町の医者よりも、遥かに手際が良いな」
リディアの、心からの感嘆の呟きが、静かな森に響いた。

俺たちは、二人を拠点に運び、手厚い看病を始めた。
意識を取り戻した女性(エルナと名乗った)が、俺の作った野菜スープを、涙を流しながら飲み干した。
そして、彼女は、壁際に寄りかかって眠るシラタマの姿を見て、震える声で尋ねた。
「あの…もしかして、あなたが…?」
彼女が語り始めたのは、俺たちが知る由もない、俺たちの『伝説』だった。
「旅の商人たちの間で、噂になっているんです。『この森の奥には、どんな傷も癒やす薬草を知り、一杯の麺料理で、人の魂さえも救済する、聖人のような男が住んでいる』と。『その傍らには、聖域を守る、白銀の神獣が常に寄り添っている』…って。まさか、本物だったなんて…!」
バロンがどれだけ隠そうとも、あの『魔法の麺』の噂は、尾ひれどころか、翼と角まで生えて、全く違う形の『伝説』として、すでに冒険者たちの間に広まり始めていたのだ。

俺は、その大げさな噂に苦笑いを浮かべながらも、彼らを助けたことを後悔しなかった。
しかし、リディアは、より厳しい目で、未来を見据えていた。
彼女は、窓の外の、どこまでも穏やかな森を見つめながら、静かに、しかし、確かな重みを持って、俺に言った。
「ユキ殿。あなたの優しさと、その料理は、人を救う力がある。だが、その力は、時に、招かれざる客をも呼び寄せるだろう」
彼女の言葉は、俺たちの穏やかな聖域が、否応なく、外の世界との関わりを持たざるを得なくなる、新しい時代の『扉』が、静かに開かれたことを、予感させていた。
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