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【第九十九話】聖域の答えと、初めての餃子
しおりを挟むエルナから投げかけられた、あまりにも核心を突く問い…「なぜ、あなたはここにいるのか?」。
その答えのない問いは、一夜明けた聖域の穏やかな朝の空気の中に、静かに、しかし確かに溶け込んでいた。
レオの怪我も順調に回復し、松葉杖なしでも少しずつ歩けるようになっている。彼らがこの聖域を去る日も、そう遠くはないだろう。そんな、どこか名残惜しい空気が漂う食卓で、俺は、エルナの問いに、言葉で答えることをしなかった。
「エルナさん、レオさん。今日は、あなたたちの快気祝いと、俺なりの『答え』として、最高の祝宴を開きましょう。料理は、みんなで作ります」
俺が提案したのは、この世界にはまだ存在しない、究極の『包む』料理…**『餃子』**だった。
「これは、ただの料理ではありません。生地をこね、具を刻み、それを一つ一つ、みんなで食卓を囲んで包んでいく。作る時間そのものが、最高のご馳走になる、特別な料理なんですよ」
その、あまりにも平和で、温かい料理の概念に、厳しい世界で生きてきたレオとエルナは、ただただ戸惑いの表情を浮かべていた。
「さあ、始めましょう!」
俺は、この最高の共同作業を、100均グッズを駆使して、誰でも楽しめるイベントへと昇華させる。
まず、餃子の風味を決定づける、魔法の油と粉。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:98/150 → 90/150】
Dランクの『ごま油』と、同じくDランクの『片栗粉』。コストは合わせて8。称号『キャンプシェフ』の効果もあって、消費は僅かだ。
香ばしいごま油の香りが工房に満ちただけで、食いしん坊たちの期待は最高潮に達する。
そして、いよいよ、この日のための秘密兵器を召喚した。それは、100円ショップの調理器具コーナーの至宝。
ポンッ!
【創造力:90/150 → 80/150】
Cランクの『餃子作り器(餃子パック)』。コストは10。
「これがあれば、誰でもプロ並みの餃子が作れますよ」
俺が、生地を乗せ、具を置き、パタンと閉じてみせると、美しい半月型の餃子が、まるで魔法のようにポンと生まれる。その、あまりにも画期的な道具に、レオとエルナは目を丸くした。
ダイニングテーブルを囲んでの、初めての餃子作り。そこには、仲間たちの愛らしい活躍があった。
「むぅ…!この、薄く繊細な皮を破らずに、具を包み込む…。剣で竜の鱗を剥ぐよりも、遥かに神経を使うな…!」
リディアは、最初こそ不器用だったが、騎士の精密さを発揮し、餃子作り器を使わず、手作業で、誰よりも美しい、完璧なひだを持つ餃子を作り上げていく。
そんな彼女の横で、最高の『味見係』が、我慢の限界を迎えていた。
「キュイ…クンクウン…(いい匂い…)」
シラタマが、俺が作った肉餡(にくあん)の香りに耐えきれず、ボウルにその巨大な顔を突っ込もうとする!
「こら、シラタマ!それは、我ら全員の糧となる聖なる餡だぞ!味見は許さん!」
リディアに、騎士の威厳で本気で叱られ、シラタマは「キュゥン…」と、しょんぼりと肩を落とすのだった。
餃子の餡に入れるニラが足りなくなった、その時。温室から、小さな神様が、てちてちと歩いてきた。そして、その小さな両手で、ひときわ風味が強く、甘みの凝縮された、最高のニラの葉を、そっと差し出してくれる。神様が育てた野菜が、餃子の味を、奇跡の領域へと引き上げた。
鉄鍋で焼き上げられた、熱々の餃子。
俺が木の蓋を開けると、立ち上る湯気と、ごま油の香ばしい香りが、部屋中を満たした。片栗粉を溶いた水を加えたことで、餃子の底には、レースのように美しく、パリパリの『羽根』がついている。
初めて見る餃子の、そのあまりの美味しそうな姿に、レオとエルナは、言葉を失った。
彼らは、ただ食べるだけではない。自分が包んだ餃子を見つけては、「これは俺のだ!」「私の方が、綺麗に包めているわ!」と、子供のようにはしゃぎ、笑い合う。
それは、彼らが、厳しい冒険者生活の中で、とうの昔に忘れてしまっていた、『家族団らん』の光景そのものだった。
祝宴が終わり、満腹のお腹をさすりながら、エルナは、暖炉の炎を静かに見つめていた。
そして、ぽつりと、誰に言うでもなく、呟いた。
「…そうか。これが…あなたの、答えなのですね」
富でも、名誉でもない。
仲間と共に、土を耕し、火を熾し、食卓を囲んで笑い合う。
この、何気なくて、かけがえのない時間そのものが、ユキがこの聖域で暮らす、たった一つの、しかし何よりも雄弁な『答え』であること。
エルナは、その魂で、それを理解したのだった。
彼女のその、あまりにも穏やかな横顔を、俺は、ただ静かに、微笑んで見守るのだった。
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