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【第百話】旅立ちの朝と、小さな地図
しおりを挟む餃子パーティーの熱狂が、春の穏やかな陽光に溶けていくかのような、穏やかな朝。
レオの足の傷は完全に癒え、彼はもう松葉杖を必要としていなかった。拠点の前で、ゆっくりと、しかし力強く大地を踏みしめるように歩く彼の姿は、数週間前の絶望の淵にいた男とは、まるで別人だった。彼とエルナの顔には、この聖域に来た時の疲労と恐怖の色はなく、心身ともに満たされた、穏やかな活力がみなぎっている。
その日の朝食の後、二人は、俺たちの前に、改まって深く、深く頭を下げた。
「ユウキさん、リディアさん、シラタマ…それに、つちのこも。本当に、世話になった」
レオが、その実直な瞳で俺たちをまっすぐに見つめて言った。
「俺たちは、もう大丈夫だ。…いや、あんたたちのおげで、以前よりもずっと強くなれた。心も、体も。だから、もう行かなければ」
エルナも、寂しさをこらえ、しかし晴れやかな笑顔で頷く。
その、あまりにも潔い旅立ちの決意を、俺たちは、ただ静かに受け入れた。
「命を救われた礼だ。だが、今の俺たちには、金目のものは何もない。すまない…」
レオは、そう言って、懐から、丁寧に折り畳まれた、一枚の羊皮紙を取り出した。
「だが、これだけは、あんたたちの役に立つかもしれない」
広げられたそれは、彼がこれまでの冒険で、命がけで書き溜めてきた、この森の周辺地域の、手描きの『地図』だった。そこには、俺たちの知らない町の名前や、川の流れ、危険な獣の生息地などが、驚くほど詳細に記されている。
そして、その広大な世界の中に、名もなき森の、小さな一点として、「温かい場所」とだけ記された俺たちの拠点が、ぽつんと存在していた。
俺たちの聖域が、初めて、この世界のどこにあるのかを示された、かけがえのない贈り物だった。
「レオさん、エルナさん。俺からも、餞別です」
俺は、彼らのこれからの長い旅路を想い、最高の贈り物を用意した。
俺がスキルで召喚したのは、旅人のための、最高の知恵だった。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 136/150】
Cランクの『バルブ付き保存袋』セット。スライダー付きの袋に、小さな手動ポンプがセットになったものだ。コストは14。
「これがあれば、食べ物を、外の空気や湿気から守れます」
俺は、数食分の『魔法の即席麺』を、その袋に入れ、ポンプで中の空気を抜いてみせる。袋がぴたりと麺に密着し、その時間を永遠に封じ込めた。
ポンッ!
【創造力:136/150 → 132/150】
さらに、Eランクの『携帯用ミニボトルセット』を召喚。コストは4。
「長旅では、時に、最高の調味料が、最高の武器になりますから」
俺は、その小さなプラスチックボトルに、特製の『ポン酢』と、森の王からの恵みである『祝福の蜂蜜漬け』を、一つ一つ、丁寧に小分けにしていく。それは、フードコーディネーターとしての、俺なりの最大のエールだった。
旅立ちの朝。仲間たちも、それぞれの形で、彼らとの別れを惜しんだ。
リディアは、エルナの前に立ち、鎧を鳴らし、騎士として、深く、美しい一礼を捧げた。
「達者でな。次に会う時は、酒でも酌み交わそう」
それは、彼女が、初めて対等な『友』と認めた相手にだけ見せる、最大の友情の証だった。
シラタマは、レオの、完全に癒えた足元に、自分の体をぐりぐりと、何度も擦りつけた。まるで、「もう、二度と怪我をするなよ」とでも言うように。
温室からは、つちのこが、小さな赤い実をつけた植物の鉢を、一生懸命に運んできてくれた。それは、どんな過酷な環境でも育ち、旅人の渇きを癒やす、滋養豊富な果実だった。
エルナは、俺に向き直ると、固く約束した。
「この場所のことは、誰にも言わない。俺たちだけの、心の中の聖域にする」
しかし、彼女は最後に、少しだけ寂しそうに、そして、どこか確信に満ちた瞳で、こう付け加えた。
「でも、ユキさん。あなたの作る温かい食事や、その優しさは、隠そうとしても、匂いのように、周りに漏れ伝わってしまうものよ」
彼女は、森の奥へと続く小道を見つめ、予言のように、静かに続けた。
「あなたの伝説は、きっと、私たちが黙っていても、それを本当に必要とする誰かの元へ、いつか必ず、届くはずだから…」
その言葉を残し、二人は、何度も、何度も振り返りながら、春の光が満ちる森の奥へと、去っていった。
二人を見送った後、俺は、ダイニングテーブルの上に、レオが残してくれた手描きの地図を広げた。
リディアが、俺の隣に立ち、その地図を、感慨深げに見つめている。
「…ユキ殿。我らの聖域にも、ついに『地図』ができたな」
彼女の言葉に、俺は、地図の先に広がる、まだ見ぬ世界へと、思いを馳せながら、静かに頷いた。
「ええ。俺たちの世界は、今日、少しだけ、広くなりましたね」
それは、俺たちの穏やかな日常が、これからも続いていくことの証であると同時に、いつか、この地図の先に広がる世界と、再び関わる日が来るかもしれないという、新しい物語の始まりを、静かに予感させていた。
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