おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百十六話】最初の宿屋と、文明の香り

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俺たちの聖域から、外の世界へと続く、初めての旅。
リディアが引く『人力荷車(リディア・チャリオット)』は、驚くべき性能を発揮した。俺が仕込んだゴムロープのサスペンションが、森の道の凸凹を、まるで船が波を乗りこなすかのように、優しく、優しくいなしていく。荷台に乗ったシラタマは、その心地よい揺れがすっかり気に入ったのか、春の陽だまりの中でうとうとと船を漕いでいた。
昼時、俺たちは開けた草原で荷車を止め、お待ちかねの昼食にした。
ワックスペーパーの包みを開くと、バターと特製ソースの香りが、ふわりと風に乗る。俺たちの技術の結晶…**『特製カツサンド』**だ。
「…ユキ殿。これが、旅の食事だというのか…?」
リディアは、その分厚い断面を前に、ゴクリと喉を鳴らす。サクッ、という軽快な音。噛みしめた瞬間に溢れ出す、キバいのししの力強い肉汁と、パンの甘み、そしてソースの複雑な味わい。それは、彼女が知る、ただ空腹を満たすだけの無味乾燥な携帯食とは、全く次元の違う『ご馳走』だった。

陽が傾き、森がオレンジ色に染まる頃。俺たちは、街道沿いにぽつんと佇む、一軒の古びた宿屋にたどり着いた。
「今夜は、ここで休みましょう」
俺の提案に、リディアは無言で頷く。だが、その瞳には、聖域の守護騎士としての鋭い警戒の色が浮かんでいた。見知らぬ人間、未知の寝床。彼女にとって、ここは安らぎの場所ではなく、気を抜くことのできない『敵地』なのだ。
宿屋を営むのは、人の良さそうな、しかし、どこか疲れ切った表情の老夫婦だった。
俺たちが注文できたのは、メニューにたった一つだけ書かれた『今日の煮込み』。やがて運ばれてきた木の器の中には、脂がぎらついた、色の薄いスープに、煮崩れた野菜の残骸が悲しげに浮かんでいた。
一口食べたリディアは、そのあまりの味のなさに、無言で、しかし雄弁に眉をひそめた。シラタマも、匂いを嗅いだだけで、ぷいと顔をそむけてしまう。
(これは…食材が死んでいる…)
フードコーディネーターとしての俺の目が、この料理の根本的な問題を見抜いていた。
「…ご主人。もしよろしければ、俺が、今夜の宿代代わりに、皆さんの夕食を作りましょうか?」
俺の、あまりにも不躾な申し出に、老夫婦は驚いた顔をしたが、何かを諦めたように、静かに頷いた。

俺が案内された厨房は、想像を絶する状態だった。薄暗く、湿気と、得体のしれない匂いが充満している。調理器具は壁際に無作法に積み上げられ、まな板は黒ずみ、包丁は鈍く曇っていた。
(これじゃあ、最高の食材も、最高の料理にはなれない)
「リディアさん、手伝ってください」
俺は、この絶望的な厨房に、『文明の光』をもたらす。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:110/150 → 90/150】
俺が召喚したのは、Bランクの厨房用品『マグネット式の包丁ホルダー』と、Dランクの『ワイヤーネット』、そして『S字フック』のセット。コストは合わせて20。
「ユキ殿、それは…!?」
俺は、まず壁の汚れを落とすと、そこにマグネットホルダーを設置する。曇っていた包丁を研ぎ石で研ぎ上げ、一本一本、そこに並べていく。カチャリ、カチャリと、まるで儀式のように。
次に、ワイヤーネットを壁に取り付け、S字フックで、これまで無作法に置かれていた調理器具を、機能的に吊るしていく。
ほんの数十分で、あの混沌としていた厨房は、まるで王都の一流レストランのように、機能的で、清潔な空間へと生まれ変わった。その、あまりにも劇的な変化に、老夫婦は、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

最高の舞台で、俺は腕を振るう。
持参したキバいのししの骨付き肉と、宿屋の隅で忘れられていた野菜を使い、俺は最高の『ポトフ』を作り始めた。肉の表面を焼き付け旨味を閉じ込め、丁寧にアクを取り、コトコトと煮込んでいく。やがて、宿屋全体に、これまで誰も嗅いだことのない、深く、優しく、そしてどこまでも温かい、慈愛に満ちた香りが立ち込めていった。
その夜の食卓は、奇跡に包まれていた。
透き通った黄金色のスープ、口の中でほろりと崩れる肉、野菜本来の甘み。その、魂の芯まで染み渡るような優しい味わいに、老夫婦は、一杯のスープを飲み干す頃には、子供のように、声を上げて泣いていた。
「…忘れていた。わしらは、昔、旅人に、こんな温かいものを食べさせてやりたかったんだ…」
その横で、リディアも、警戒を解き、ただ静かに、その優しいスープを味わっている。その横顔は、聖域の守護騎士ではなく、温かい食事を囲む、一人の穏やかな旅人だった。

翌朝。俺たちが宿を去ろうとすると、老主人が、深々と頭を下げた。
「旦那様…どうか、この包丁ホルダーとやらを、ここに置いていってくだされ…!これさえあれば、わしらは、もう一度、夢を取り戻せる!」
俺は、最高の笑顔で頷いた。
俺たちが残したのは、ただの道具ではない。彼らの未来を照らす、小さな『希望』だった。

旅立ちの朝、宿屋の煙突からは、昨日までとは全く違う、食欲をそそる、温かいスープの香りが立ち上っていた。
その香りに誘われたのか、街道の向こうから、一人の旅人が、興味深そうに宿屋へと近づいてくるのが見えた。
俺たちの、ほんのささやかなお節介が、この寂れた宿屋の運命を、そして、これからここを訪れる、名も知らぬ旅人たちの心を、少しずつ、温かく変えていく。
その、確かな手応えを感じながら、俺たちの旅は、再び始まるのだった。
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