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【第百十五話】旅立ちの準備と、揺れる荷台の優しさ
しおりを挟む最高のクロワッサンを味わった、あの日の感動は、まだ聖域の空気の中に、バターの甘い香りと共にふんわりと残っていた。
その翌朝、リディアは、焼きたてのパンを一口かじりながら、どこか遠い目をして、ぽつりと呟いた。
「…これほどのものが作れるなら、町のパン屋のアニカ殿にも、教えてやりたいものだな。彼女ならば、きっとこの味で、もっと多くの民を笑顔にできるだろう」
それは、ただの感想ではなかった。聖域の守護騎士として、自分たちが手に入れたこの幸福を、ただ独占するのではなく、分かち合いたいという、彼女の心の成長の証だった。
俺は、その言葉に、静かに、しかし力強く頷いた。
「ええ、行きましょう。俺たちの、この小さな幸福を、届けに」
こうして、俺たちの初めての『旅』が、満場一致で決定した。
だが、その決意は、すぐに現実の壁にぶつかる。アニカの町までは、レオの地図によれば、森を抜け、丘を越え、少なくとも数日はかかる道のりだ。
「むぅ…我らの足ならば数日で着こう。だが、アニカ殿に教えるための小麦粉やバター、それに旅の食料を運ぶとなると…」
リディアが腕を組む。その通りだ。問題は、輸送手段だった。
「リディアさん。道がないなら、作ればいい。馬がいないなら、引けばいい。俺たちのための、最高の『馬車』を作りましょう」
俺が提案したのは、リディアの怪力を動力源とする、聖域特製の**『人力荷車(リディア・チャリオット)』**の建造だった。
俺は、この聖域初の『車両』を、100均の知恵と、これまでの経験の全てを結集させて作り上げる。
頑丈な木のフレームに、まず車輪を取り付ける。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 125/150】
俺が召喚したのは、BランクのDIY用品、『平台車用の頑丈なキャスター』4個セット。コストは25。
だが、本当の魔法はここからだ。
「リディアさん、森の道は石畳ではありません。ただ車輪をつけただけでは、荷台が跳ねて、中の卵もバターも台無しになってしまいます。この荷車に、騎士の乗り心地にも匹敵する『優しさ』を与えましょう」
俺が、この問題を解決するために召喚したのは、誰もが予想だにしなかった、あまりにも日常的なアイテムだった。
ポンッ!
【創造力:125/150 → 110/150】
Cランクの荷造り用品、『ゴムロープ(フック付き)』を数本セット。コストは15。
「このゴムの伸縮性を利用して、車軸と荷台を繋ぐんです。地面からの衝撃を、このゴムが全て吸収してくれる、簡易的な『サスペンション』ですよ」
その、あまりにも画期的な発想に、リディアは「ゴムの慈悲…だと…!?」と、目を丸くしていた。
数日後、ついに俺たちの荷車が完成した。
荷台と車軸が、何本ものゴムロープで吊るされた、奇妙で、しかし合理的な姿。その性能を確かめるべく、シラタマが「キュイ!」と歓声を上げて荷台に飛び乗る。すると、荷台はトランポリンのように、ぽよん、ぽよんと、優しく揺れた。すっかり気に入った彼は、中で何度もジャンプしては、リディアに「こら、シラタマ!それは聖域の最新鋭車両だぞ!」と、笑顔で叱られていた。
旅立ちの朝。俺は、道中のための最高の携帯食を用意した。
それは、俺たちのパンと肉の技術の結晶…**『特製カツサンド』**だった。
自動粉挽き所で挽いた小麦粉で焼いた、雲のようにふわふわの食パン。キバいのししの肉を叩いて柔らかくし、自家製のパン粉をまとわせて、ナッツオイルで揚げる。サクサクの衣の中から、じゅわっと肉汁が溢れ出す、完璧なカツレツ。それを、ベリーソースと香草で作った特製ソースにくぐらせ、バターを塗ったパンで挟む。
俺が、その分厚いカツサンドをナイフで切り分け、美しい断面を見せると、ゴクリという音が、聖域の朝の静寂に響き渡った。
荷車に、小麦粉、バター、そして温かいカツサンドを積み込む。
「行ってまいります」
俺たちが、つちのこに声をかけると、彼は、旅の安全を祈るように、一輪の、決して枯れない不思議な花を、荷車の隅にそっと咲かせてくれた。
リディアが、荷車の梶棒を、まるで愛馬の手綱を握るかのように、力強く、しかし優しく握りしめる。
シラタマは、もちろん荷台の一番良い席を陣取っている。
俺は、レオがくれた地図を、もう一度だけ確認した。
「よし、出発しましょう。小さな、バター色の幸せを、届けに」
俺たちの聖域から、外の世界へと続く、最初の旅。
それは、俺たちの穏やかな日常が、誰かの笑顔に繋がっていく、新しい物語の始まりだった。
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