おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百三十八話】王女の取引と、賢者の対価

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「――あなたの知恵を、我が王国に貸していただきたい。その代わり、王国は、この聖域の『不可侵』を、未来永劫、約束しましょう」

若き王女、アメリアが放った言葉。それは、一つの国の未来と、俺たちのささやかな日常を天秤にかける、あまりにも重い『取引』だった。春の穏やかな風が、俺と彼女の間を吹き抜けていく。その風が、まるで世界の全ての視線を、俺の答えに集中させているかのように感じられた。

俺の心の中に、とうの昔に死んだはずの『風間勇希』の記憶が、鮮烈に蘇る。
(王都へ…?冗談じゃない…!)
クライアントの無理難題、終わりのない会議、数字と締め切りに追われるだけの、魂のすり減るような毎日。俺は、その果てに、一度死んだのだ。この穏やかで、温かい聖域は、俺が全てを捨てて、ようやく手に入れた、二度目の人生そのもの。それを、自ら手放せというのか。

俺の表情に浮かんだ、一瞬の、しかし明確な拒絶の色を、リディアは見逃さなかった。
俺が口を開くより早く、彼女は、王女と俺の間に、守護騎士として毅然と立ち塞がった。
「アメリア殿下。ユキ殿は、王都へは行かぬ」
その声には、この聖域の全てを守るという、揺るぎない意志が宿っていた。
「だが、この聖域の豊かさが、王都の民の助けになるというのならば…話は別だ。私は、飢えと寒さに苦しむ兵士たちの顔を知っている。一杯の温かいスープが、どれほど人の心を救うかを、この身で知った。…ユキ殿の知恵は、この森の中だけで、留めておくべきものではない」
彼女は、俺の目を見て、最高の笑顔で言った。
「我らの聖域は、もはや、ただ守られるだけの弱い城ではない。その温かさを、外の世界へと、少しだけおすそ分けできるほどに、強くなったのだからな」

その、あまりにも温かく、そしてあまりにも力強い信頼の言葉。俺の心の壁が、音を立てて崩れていく。

「…分かりました」
俺は、深く息を吐き、そして、決意の顔を上げた。
「協力しましょう。ただし、俺には俺のやり方がある。三つの『対価』を、呑んでいただきたい」
俺が提示した条件に、アメリア王女と、その護衛たちは息をのんだ。

一つ、俺は王都へは行かない。学びたい者は、この聖域へ来ること。
二つ、最初のプロジェクトは、貴族のためではない。王都で最も貧しい地区の、孤児院の食生活を改善すること。
そして三つ、俺の名は『賢人』ではない。ただの、風間勇希――ユキとして、裏方に徹すること。

富も、名誉も、地位も求めない。ただ、手の届く範囲の、か弱い者たちを救うことだけを望む。その、あまりにも聖人的で、しかし、何よりも人間的な条件。
アメリア王女は、その若さには不釣り合いなほど、深く、長い沈黙に落ちた。そして、やがて顔を上げると、彼女は、これまで見せたことのない、心からの敬意に満ちた、美しい笑顔で、深く、深く、頭を下げた。
「…賢人ユキ。貴方の、その高潔なる魂、しかと拝見しました。その条件、我が名において、必ずや、呑むことを約束しましょう」

書記官トーマスが、その歴史的な合意を、震える手で羊皮紙に書き記していく。
そして、全ての条文が書き終えられた、その時。俺は、最後の『契約』の儀式を執り行った。

**ポンッ!ポンッ!**
【創造力:136/150 → 134/150】

俺が召喚したのは、Eランクの文房具、『クリップボード』と『ボールペン』。そして、『付箋』。コストは合わせて2。
「アメリア殿下。これが、俺の『印章』です」
俺は、荘厳な羊皮紙の契約書を、そのあまりにもチープなプラスチックの板で挟む。そして、ボールペンで、付箋の上に、子供でも分かるような、平易な文字を書き付けた。
『最初の仕事:孤児院の厨房と、貯水槽の現地調査』
俺は、その黄色い小さな紙片を、契約書の末尾に、ぴたりと貼り付けた。
「壮大な約束よりも、明日やるべき、小さな一歩を。それが、俺のやり方なんですよ」
その、あまりにも合理的で、あまりにも異世界的な契約の作法。アメリア王女は、自分たちが今、歴史が生まれる瞬間に立ち会っていることを、肌で感じていた。

この、聖域と王国の、歴史的な合意を祝して。俺は、最高の晩餐を用意した。
俺が挑戦するのは、米という名の宝石を使った、究極のご馳走…**『特製ちらし寿司』**だった。
聖域で採れた米によく似た穀物を、自家製の果実酢と蜂蜜で酢飯にする。その上に、燻製にした川魚、甘く煮付けたキノコ、そして、森の卵で作った、シルクのようにきめ細かい錦糸卵を、宝石のように散りばめていく。仕上げに、つちのこが祝福してくれた、春の息吹を凝縮したような木の芽を添えれば、完成だ。

**ポンッ!**
【創造力:134/150 → 132/150】

この、あまりにも美しい料理を、最高の形で取り分けるため、Eランクの調理器具、『しゃもじ』を召喚。コストは2。
翡翠の大皿に盛られた、色とりどりの、まるで食べられる庭園のような料理。
アメリア王女は、その一口を味わい、言葉を失った。
酢飯の爽やかな酸味、具材一つ一つの丁寧な仕事、そして、全てをまとめ上げる、木の芽の鮮烈な香り。それは、ただ美味しいだけではない。この聖域の、豊かな自然と、そこに暮らす者たちの、温かい手仕事の全てが詰まった、物語の味がした。

「…これが、あなたの言う、豊かさなのですね」
彼女は、深く、深く、感動していた。
「ええ。国を豊かにするとは、金貨の数を増やすことじゃない。民一人ひとりの食卓に、これほどの物語を届けること。俺は、そう信じています」

翌朝。王都の一団は、旅立っていった。
アメリア王女の瞳には、もう好奇心の色はない。代わりに、自分の国を、この聖域のように、温かい物語で満たすという、若き女王としての、力強い決意の光が宿っていた。
彼らを見送りながら、リディアは、どこか遠い目をして、俺に言った。
「…ユキ殿。あなたの『お節介』は、ついに、一つの国の在り方さえも、変えてしまうやもしれんな」
その言葉に、俺は、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。

俺たちの、穏やかだったはずの聖域。それが、今、この世界の、新しい歴史を紡ぎ始める、小さな、しかし、何よりも温かい『教室』になろうとしていた。
春の風が、まだ見ぬ『生徒』たちの足音を、運んでくるような気がした。
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