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【第百三十九話】王都からの第一便と、厨房の神様
しおりを挟む王国との間に、歴史的な合意が結ばれてから、一月(ひとつき)が過ぎた。
俺たちの聖域には、再び穏やかな日常が戻っていた。だが、その日常は、以前とは全く違う、確かな『期待』の色を帯びていた。春の風が運んでくるのは、もう花の香りだけではない。丘の向こうから、まだ見ぬ誰かの足音と、新しい物語の始まりの匂いがした。
そして、その日は、初夏の陽気が森を包む、穏やかな午後に訪れた。
キラリ、キラリ。
丘の上の監視塔から放たれる、リディアからの光の合図。それは、敵意のない、複数の来訪者を告げる、約束の合図だった。
聖域の入り口で俺たちが見たのは、王都の騎士セラフィナに護衛された、一台の、飾り気はないが頑丈な造りの荷馬車と、その周りで、緊張と好奇に満ちた瞳で森を見回す、数名の男女の姿だった。
先頭に立つのは、見覚えのある二人。孤児院の料理長マーサと、役人エリアスだ。彼らの顔には、もう聖域を訪れた時の不安の色はなく、故郷に帰ってきたかのような、晴れやかな笑顔が浮かんでいる。
「ユキ殿!約束通り、連れてまいりましたぞ!」
エリアスが、少しだけ誇らしげに胸を張る。彼らの後ろに控えるのは、王都中から選抜されたという、孤児院や施療院で働く、志ある料理人たち。彼らが、聖域の、記念すべき第二期生の生徒たちだった。
荷馬車から降ろされたのは、食材や調理器具ではない。彼らが持参したのは、王都の孤児院が抱える厨房の、驚くほど詳細な『見取り図』と、この一月分の『食料配給記録』だった。
「ユキ殿の教えに従い、まず敵を知ることから始めました」
エリアスのその言葉に、俺は静かに頷いた。俺の教えが、確かに彼らの中に根付いている。その事実が、何よりも嬉しかった。
その夜、ダイニングテーブルは、これまでにないほどの熱気に包まれた。
見取り図と配給記録を広げ、俺は、生徒たちと共に、孤児院の厨房が抱える問題点を、一つ一つ洗い出していく。
「この動線では、煮込み料理をしながら、パンをこねるのは不可能だ…」
「配給される干し肉の量が、週によってこれほど違うとは…これでは、安定した献立は組めまい…」
生徒たちの口から、次々と上がる悲鳴のような声。だが、それは絶望の声ではなかった。初めて自分たちの戦場を客観的に分析し、解決すべき課題を明確に捉えた、未来への産声だった。
この、聖域初の『経営戦略会議』。その議論を、さらに加速させるため、俺は、思考を整理するための、最高の『武器』を召喚した。
**ポンッ!**
【創造力:150/150 → 145/150】
※創造力は睡眠により全回復
俺が召喚したのは、Dランクの事務用品、『ホワイトボード(小型・マグネット付き)』。コストは5。
「頭の中だけで考えていては、堂々巡りになるだけです。問題点を、こうして『見える化』するんですよ」
俺は、マーカーで厨房の見取り図を描き、問題点を書き出していく。そして、それぞれの問題に対応する調理器具の絵を描いた『マグネットシート』を、ぺたり、と貼り付けた。
その、あまりにも画期的な、直感的な問題解決の手法。生徒たちは、まるで魔法を見るかのように、その白い板に釘付けになっていた。
この、聖域初のコンサルティング。仲間たちも、それぞれの形で協力してくれた。
議論が白熱し、部屋の空気が煮詰まってきた、その時。シラタマが、のそり、と立ち上がり、巨大な体で、ホワイトボードの前にどすんと座り込んでしまった。そして、まるで「少し休め」とでも言うように、ふぁ~、と大きなあくびを一つ。その、あまりにも平和で、有無を言わさぬ『強制休憩』の合図に、部屋中が、温かい笑いに包まれた。最高のファシリテーターだ。
そして、生徒の一人が、どうしてもスープの出汁の味が安定しない、と悩みを打ち明けた、その時。いつの間にか現れたつちのこが、その生徒の足元に、一つの、乾燥した昆布のような、しかし、この森でしか採れない、豊かな海の香りがする不思議な海藻を、そっと置いてくれたのだ。神様からの、最高の『秘伝の出汁』のプレゼントだった。
数日間にわたる議論の末、ついに、王都の孤児院厨房のための、完璧な『改善計画書』が完成した。
その卒業制作を手に、生徒たちは、希望に満ちた顔で、聖域を去っていく。
彼らを見送りながら、リディアは、誇らしげに、そして満足げに呟いた。
「…ユキ殿。我らの聖域は、ついに、ただ知恵を授けるだけでなく、人々が自ら考え、未来を切り拓くための『羅針盤』を与える場所にまでなったのだな」
その言葉に、俺は、最高の笑顔で頷いた。
俺たちの聖域から巣立っていった、新しい料理人たち。彼らが、それぞれの厨房で、小さな、しかし確かな革命の火を灯していく。
その火が、やがて王都全体を、そして、この国の未来そのものを、温かく照らし出す、大きな炎になることを、俺は確信していた。
初夏の風が、彼らの輝かしい未来を祝福するかのように、聖域の木々を、力強く、そして優しく揺らしていた。
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