141 / 185
【第百四十話】静寂の来訪者と、賢者の休日
しおりを挟む聖域の『学び舎』が第二期生を送り出してから、一月(ひとつき)が過ぎた。
森は、生命力に満ちた初夏の装いを深め、俺たちの日常は、再び穏やかな静けさを取り戻していた。シラタタマ農園では、水道橋から注がれる豊富な水と太陽の恵みを受けて、夏野菜たちが力強く実をつけ始めている。その光景は、俺たちの努力が、確実に未来の恵みへと繋がっていることを教えてくれる、何よりも雄弁な絵画だった。
だが、その完璧な日常の中に、俺は、ほんの僅かな、しかし無視できない『違和感』を感じ取っていた。
それは、リディアの不在だった。
「――ユキ殿。少し、剣の修行に出てくる」
数日前、彼女はそう言い残し、夜明けと共に一人、森の奥深くへと姿を消した。王都からの使者や、新しい生徒たちとの出会い。守るべきものが増え、その責任を誰よりも強く感じている彼女は、自分の騎士としての腕が鈍ることを、何よりも恐れているのだ。
その、あまりにも真面目で、ストイックな彼女の想いを、俺は止めることができなかった。
だが、彼女がいない食卓は、あまりにも静かすぎた。俺の料理に、誰よりも大きな声で「うまい!」と叫んでくれる、あの快活な声がない。シラタマも、好敵手がいなくなった手持ち無沙汰からか、暖炉の前で、ふぁ~、と大きなあくびを繰り返している.
(少し、頑張りすぎだな、あの人は…)
俺は、静かに立ち上がった。
「シラタマ。今日は、俺たちの騎士様を、最高に甘やかすための『休日』を、プレゼントしに行きましょう」
俺は、この日のための、最高の『お弁当』作りに取り掛かる。
俺が挑戦するのは、片手で食べられて、栄養満点。そして何より、疲れた体に染み渡る、究極の携帯食…**『おにぎり』**だった。
自動粉挽き所で精米した、炊き立ての米によく似た穀物。その熱々のご飯を、俺は100均の、ある秘密兵器で、魔法のように握っていく。
**ポンッ!**
【創造力:150/150 → 145/150】
※創造力は睡眠により全回復
俺が召喚したのは、Dランクの調理器具、『おにぎりメーカー(ライスボールシェイカー)』。コストは5。
容器にご飯を入れ、蓋をして、数回振るだけで、誰でも簡単に、美しい三角形のおにぎりが完成する。
具材は、燻製にした川魚をほぐしたものと、自家製の梅干し(酸っぱい果実の塩漬けを天日で干したもの)、そして、つちのこが祝福してくれた、豊かな海の香りがする不思議な海藻で巻いた、最高の塩むすびだ。
その、あまりにも手際が良く、楽しげな光景に、シラタマが「自分も!」とばかりにシェイカーを奪い取り、前足で器用にフリフリと振り始める。最高の助手だ。
**ポンッ!**
【創造力:145/150 → 140/150】
完成したおにぎりを、Eランクの『竹の皮』で包み、同じくEランクの『風呂敷』で弁当箱を美しく結ぶ。コストは合わせて5。
俺とシラタマは、完成したお弁当を手に、リディアが向かった森の奥へと足を踏み入れた。
しばらく進むと、開けた場所で、滝のように汗を流しながら、一人、黙々と剣を振るうリディアの姿があった。その剣筋は、以前よりもさらに鋭く、力強くなっている。だが、その背中は、どこか張り詰め、孤独な戦いを強いられている兵士のように、悲壮感すら漂っていた。
俺が声をかけるより早く、シラタマが、その張り詰めた空気を破壊した。
「キュイイイイイッ!(お弁当だぞー!)」
彼は、歓喜の雄叫びと共に、リディアの足元に駆け寄り、そのもふもふの体を、ぐりぐりと擦りつけたのだ。
「…シラタマ?ユキ殿まで…なぜ、ここに…?」
驚くリディアに、俺は最高の笑顔で、風呂敷包みを差し出した。
「騎士様にも、休息は必要ですよ。さあ、ピクニックにしましょう」
森の木漏れ日がキラキラと降り注ぐ、苔の絨毯の上。
俺たちは、三人で輪になって、おにぎりを頬張った。
リディアは、その、生まれて初めて食べる、温かくて、塩気の効いた、素朴な米の塊に、言葉を失っていた。
一口食べるごとに、張り詰めていた心と体が、ゆっくりと、優しく解きほぐされていく。剣を握るために固く握りしめられていた拳が、いつの間にか、おにぎりを優しく包む、温かい手のひらに変わっていた。
「…うまい…」
彼女の口から、ぽつりと、魂からの言葉が漏れた。
「剣を振るうだけが、強さではない。こうして、仲間と食卓を囲む、この温かさを守ることこそが、本当の強さなのだと…お前たちは、いつも私に、教えてくれるのだな…」
その、あまりにも穏やかで、完璧な休日の午後。
その空気を破ったのは、森の奥から聞こえてきた、か細い、しかし、助けを求めるような、悲鳴のような声だった。
「…今の声は…!?」
リディアは、食べかけのおにぎりを置くと同時に、その手にはすでに剣が抜かれている。
俺たちは、声のする方へ、慎重に近づいていった。
そこで俺たちが見たのは、予想だにしなかった光景だった。
数人の、屈強な男たち。その服装は、この辺りの村人ではない。どこか都会的で、統率の取れた動き。彼らは、巨大な麻袋に、何かを生きたまま詰め込もうとしていた。
そして、その袋の中でもがいていたのは…
「…つちのこ!?」
俺の、聖域でしか見ることのない、あの小さな土の精霊が、数匹、涙を浮かべて震えていたのだ。
男たちの一人が、俺たちに気づき、舌打ちする。
「…ちっ。見られたからにゃあ、生かしちゃおけねえな」
男たちが、腰の剣を抜く。その刃は、ただの山賊が持つような粗悪なものではない。王都の下級兵士が使う、制式の剣…。
リディアは、俺とシラタマを背後にかばい、剣を構えた。その瞳には、もはや穏やかな光はない。
仲間を、そして、この聖域を脅かす者への、容赦のない、絶対零度の殺意だけが、静かに燃えていた。
「――我が聖域にて、蛮行は許さん。貴様ら、何者だ」
俺たちの、穏やかだったはずの休日は、今、初めて経験する、本物の『悪意』によって、唐突に終わりを告げたのだった。
19
あなたにおすすめの小説
DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート
みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。
唯一の武器は、腰につけた工具袋——
…って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!?
戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。
土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!?
「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」
今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY!
建築×育児×チート×ギャル
“腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる!
腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
小さいぼくは最強魔術師一族!目指せ!もふもふスローライフ!
ひより のどか
ファンタジー
ねぇたまと、妹と、もふもふな家族と幸せに暮らしていたフィリー。そんな日常が崩れ去った。
一見、まだ小さな子どもたち。実は国が支配したがる程の大きな力を持っていて?
主人公フィリーは、実は違う世界で生きた記憶を持っていて?前世の記憶を活かして魔法の世界で代活躍?
「ねぇたまたちは、ぼくがまもりゅのら!」
『わふっ』
もふもふな家族も一緒にたくましく楽しく生きてくぞ!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる