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【第百五十六話】 王都の夜明けと、原点回帰のサンドイッチ
しおりを挟む運命の晩餐会の翌朝。王宮は、昨夜の衝撃の余韻で、静かな、しかし確かな興奮に包まれていた。
俺が厨房を訪れると、その空気は一変していた。昨日までの、機械のような動きと、殺伐とした沈黙はない。代わりに、見習いたちが、目を輝かせながら、賄い食のジャーマンポテトの再現に挑戦し、互いの出来栄えを評しては、活気のある声を上げている。彼らの手には、俺が昨日与えたピーラーやフードカッターが、もはや聖遺物のように、大切に握られていた。
厨房に、失われていたはずの**『喜び』**と**『探求心』**という名の、温かい炎が、再び灯っていたのだ。
その厨房の入り口で、宮廷料理長が、腕を組んで俺を待っていた。彼は、俺の前に進み出ると、これまでの人生の全てを懸けてきたであろう、その誇り高い頭を、深く、深く下げた。
「…完敗だ、ユキ殿。いや…師匠と呼ばせていただきたい」
「やめてください、料理長」
俺は、慌ててその頭を上げさせた。
「俺たちは、ただの料理仲間ですよ。最高の食卓で、人を笑顔にしたいと願う、ね」
その言葉に、料理長の、厳しく、深い皺が刻まれた顔が、ふっと、雪解けのように和らいだ。
王宮を発つ前、俺たちはアメリア王女の私室へと招かれた。
彼女は、晩餐会の成功を心から感謝し、聖域の不可侵を、王家の名において改めて約束してくれた。さらに、具体的な協力体制として、聖域の知恵を学ぶための正式な『王宮研修制度』の設立と、聖域と王都を結ぶ**『街道の整備』**を、国家事業として行うことを明言した。
「あなたの知恵は、もはや王国全体の宝です。ですが、その宝を生み出す『土壌』である聖域の平穏は、私が必ず守ります」
その言葉は、もはや少女のものではなく、一つの国の未来をその肩に背負う、若き女王の、力強い覚悟に満ちていた。
この、歴史的な会談の最中、シラタマが、王女の足元に置かれた、豪華なクッションの上で、安心しきったように丸くなり、平和そうな寝息を立てている。その光景こそが、二つの世界の間に生まれた、何よりも雄弁な信頼の証だった。
王都を去る日、俺は、宮廷の厨房に残す、最後の『置き土産』を用意した。それは、料理そのものではなく、**『レシピブック』**だった。
知識は、独占するのではなく、共有してこそ価値がある。それが、俺の哲学だ。
ポンッ!ポンッ!
**【創造力:104/150 → 84/150】**
俺が召喚したのは、Dランクの文房具**『リングバインダー』**と、同じくDランクの**『ラミネート風クリアポケット』**を数十枚。コストは合わせて20。水や油で汚れても大丈夫な、厨房で使うのに最適な仕様だ。
俺は、ジャーマンポテトや、きのこのポタージュの基本的な作り方、そしてピーラーやフードカッターの効率的な使い方などを、書記官トーマスの美しいスケッチを参考に、誰にでも分かるようにイラスト付きで書き記していく。
「最高の料理は、一人の天才が生み出すものではありません。誰もが、美味しいものを作れるようになり、その喜びを分かち合える『仕組み』こそが、本当の豊かさなんです」
その、知識を惜しみなく分け与えるという俺の哲学に、宮廷料理長は、そのレシピブックを、震える手で受け取り、再び、静かに涙を流していた。
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帰りの旅支度。俺は、長旅の快適性を劇的に向上させる、最後の魔法を使った。
ポンッ!
**【創造力:84/150 → 69/150】**
Cランクのトラベルグッズ**『空気で膨らむネックピロー』**。コストは15。
馬車での長時間の移動で首が痛くなるのを防ぐ、究極の安眠グッズだ。
「ユキ殿…あなたは、人の首の痛みさえも、天国の寝心地に変えてしまうのか…」
セラフィナが、その雲のような感触に、心からの感嘆の声を漏らした。
旅立ちの朝。王宮の門には、アメリア王女をはじめ、宮廷料理長や厨房の見習いたち、そしてトーマスが、温かい笑顔で見送りに来ていた。
料理長は、俺の前に立つと、深々と頭を下げた。
「…師匠。また、いつでもお越しください。次こそは、私が貴殿を唸らせる、最高の王宮料理を用意して、お待ちしております」
それは、敗北宣言ではない。最高の好敵手(ライバル)と認めた相手への、誇り高き再戦の誓いだった。
帰りの馬車の中、一同は、王宮の厨房から特別に持たせてもらった、最高のパンで作った**『サンドイッチ』**を頬張っていた。
一つは、俺が教えたジャーマンポテトを、見習いたちが心を込めて再現したもの。もう一つは、料理長が、そのプライドをかけて作り上げた、極上のローストビーフを挟んだもの。二人の料理人の『魂』が、一つのパンの中で、見事なまでに融合し、最高のハーモニーを奏でていた。
リディアは、そのサンドイッチを、ゆっくりと、大切そうに味わいながら、窓の外に小さくなっていく王都の壮麗な景色を見つめていた。
「…ユキ殿。我らの、長くて、不思議な旅も、これで終わりなのだな」
その、どこか名残惜しそうな呟きに、俺は、最高の笑顔で首を横に振った。
「いいえ、リディアさん」
俺は、懐かしい緑の森が広がる、地平線の先を見つめる。
「始まったんですよ。俺たちの聖域と、この世界が、共に手を取り合って歩んでいく、新しい、温かい物語がね」
馬車は、懐かしい故郷へと向かって、走り出す。車窓を流れる穏やかな景色、仲間たちの安らかな寝息、そして、サンドイッチの、どこまでも優しく、希望に満ちた味。
聖域への帰路は、これ以上ないほどの幸福感と、そして、これから始まる、新しい日常への、確かな期待に満ちていた。
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