気まぐれ食堂ねこまんま〜動物好きおっさんの異世界飯テロ日誌〜

はぶさん

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幕間:陽だまりの香りと旅立ちの光

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わたくしは、ずっと探しておりました。
この体に触れることも、温かい食事を味わうこともできなくなったわたくしを、この世に縛り付ける、たった一つのものを。

それは、香りでした。
名前も、形も、味さえも思い出せない、けれど、確かにわたくしの魂に刻まれた、**陽だまりのような優しい香り**。母様が、わたくしのために作ってくれたお菓子の香り。

その香りをもう一度感じることさえできれば、きっと、この永い孤独から解放されるはず。そう信じて、わたくしは、思い出の森を、来る日も来る日もさまよい続けておりました。

そんな絶望の中、風の噂で耳にしたのです。「森の奥に、どんな悩みも解決するという、不思議な料理人がいる」と。
わたくしは、最後の望みをかけて、その場所へと向かいました。

お店の主、ぶっさん様は、わたくしの姿を見ても、少しも恐れませんでした。それどころか、その優しい瞳で、わたくしの途方もない願いを、まるで当然のことのように、真摯に聞いてくださったのです。

「プルースト効果」。
彼が口にした不思議な言葉。匂いが、記憶を呼び覚ます。わたくしの未練の正体を、彼はすぐに見抜いてくれました。そして、わたくしの拙い記憶の断片――「陽だまり」「レモンの木」「冬の日の温かい飲み物」――を、一つ一つ丁寧に拾い上げ、繋ぎ合わせてくれたのです。

彼が厨房に立つと、お店の空気が、少しずつ変わっていくのが分かりました。
まず、バターの**香ばしい匂い**。次に、レモンの**爽やかな香り**。そして、スパイスの**甘い香り**。

一つ一つの香りが、忘れていた記憶の扉を、優しく叩きます。
そして、全ての香りが一つになり、焼き菓子として完成した時、奇跡は起きました。

焼き立てのお皿から立ち上る、その香りを吸い込んだ瞬間、わたくしの魂は、過去へと旅立ったのです。

蘇る、陽の光に満ちたテラス。微笑む母様の顔。「今日のおやつは特別よ。あなたが一番好きな、レモンのマドレーヌ」という優しい声。そして、わたくしを抱きしめてくれた、**温かい腕の感触**。

ああ、そうでしたわ。
わたくしが求めていたのは、お菓子の香りなどではなかった。
この、陽だまりのように温かい、**母様の愛の香り**だったのです。

未練は、雪のように溶けていきました。
体が、心が、光のように軽くなっていく。

ぶっさん様、ありがとうございます。
あなたの作ってくれた香りは、わたくしの魂を、ようやく安らかな眠りへと導いてくれました。

もう、寂しくはありません。
だって、わたくしは、またあの温かい陽だまりの中へ、**母様の待つ場所へ、帰ることができる**のですから。

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