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第十八話:仔竜とエネルギー貯蔵の話 (3/3)
しおりを挟むやがて、石窯の中から、パンが焼ける香ばしい匂いと、シチューが煮詰まる濃厚な香りが混じり合った、極上の香りが漂ってきた。
俺は、分厚い革の手袋をはめ、石窯から、熱々の壺を取り出す。
パイ生地の蓋は、こんがりとしたキツネ色に膨らみ、その表面はバターの輝きでつやつやと光っていた。蓋の隙間からは、中のシチューがぐつぐりと煮える、心地よい音が聞こえてくる。
「お待ちどう。熱いから、気をつけて食えよ」
俺は、その壺を、仔竜の前にそっと置いた。
彼は、目の前から立ち上る、圧倒的な熱気と、今まで嗅いだことのない、複雑で、力強い香りに、ただただ、ゴクリと喉を鳴らす。
「さあ、そのパイの蓋を、スプーンで崩して、中のシチューと一緒に食うんだ。それが、一番美味い食い方だ」
俺が促すと、仔竜は意を決したように、小さなスプーンを手に取った。そして、ぷっくりと膨らんだパイ生地の蓋に、そっとスプーンを突き立てる。
**サクッ…!**
軽快な音と共にパイ生地が崩れると、その下から、湯気と共に、肉と木の実が溶け込んだ、濃厚なシチューの香りが、一気に溢れ出した。
彼は、そのパイ生地とシチューを一緒にすくい、おずおずと、その一口を口に運んだ。
その瞬間、彼の大きな瞳が、驚きと、そして、今まで彼がしたことのない「歓喜」という表情で見開かれた。
《おいしい……!なにこれ、すっごく、おいしい!それに、体が……熱い!》
一口、また一口とポットパイを食べ進めるうちに、彼の体に、劇的な変化が起こり始めた。
脂の乗った肉と、栄養価の高い木の実が、彼の体の「内なる炎」に、**最高品質の燃料**として、次々とくべられていく。彼の体の芯から、今まで感じたことのない、深く、力強く、そしてどこまでも温かいエネルギーが、満ちてくるのが分かった。
彼の肌には、竜族本来の、健康的な艶が戻り、小刻みに震えていた体は、いつの間にか、ぴたりと止まっている。
「どうだい、坊主。腹の底から、力が湧いてくるだろ?」
俺が言うと、少年はこくりと、力強く頷いた。その額には、玉のような汗が浮かんでいる。
そして、食事が終わる頃には、彼はすっかり元気を取り戻していた。頬は健康的な赤色に染まり、その瞳には、生命力に満ちた、活発な光が戻っている。
そして、奇跡は、彼の尻尾で起きた。
今まで、か細く揺らめくだけだった小さな火の玉が、一度、きゅっと収縮したかと思うと、
**ゴォォォッ!**
と、まるで小さな太陽が生まれたかのような音を立てて、勢いよく燃え上がったのだ。
それはもう、消えかけの灯火ではない。暖炉の火のように、力強く、そして温かく燃え盛る、**竜族本来の、生命力に満ちた炎**だった。
《あ……!僕の、炎が……!燃えてる!温かいよ!全然、寒くない!》
少年は、自分の尻尾で燃える、力強い炎を、信じられないといった様子で見つめている。そして、歓喜の声を上げると、その場で、嬉しそうに飛び跳ねた。
「はは、そりゃ良かったな。それだけ燃えてりゃ、一冬越すのも、余裕だろ」
「うん!全然怖くない!旦那さん、ありがとう!」
元気になった仔竜は、俺に深々と頭を下げると、風のように店を飛び出していった。その足取りは、もう来た時のような弱々しいものではない。**初めての冬に、たった一人で立ち向かう、小さな勇者の、力強い足取り**だった。
「やれやれ、これで、春までぐっすり眠れるだろ」
俺は、空になった壺を片付けながら、一人、静かにつぶやいた。
生きること、眠ること、そして、また目覚めること。その、当たり前で、尊い生命のサイクルも、結局は、食い物が支えている。
この食堂は、どうやら、ただの飯屋じゃない。
森の仲間たちの、**命そのものを、支える場所**になりつつあるのかもしれないな。
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