気まぐれ食堂ねこまんま〜動物好きおっさんの異世界飯テロ日誌〜

はぶさん

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第三十八話:玄武とクエン酸回路の話 (1/3)

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蝶の精が、その美しい翼で、春の空へと帰ってから数日。
森は、本格的な雪解けの季節を迎えていた。大地からは、新しい命の息吹が、ふわりと香り立つ。

そんな、希望に満ちた季節の始まりに、**異変**は起きた。
「親方!大変です!**川の水が、泥水になってて、料理に使えません!**」
**ザック**が、血相を変えて厨房に飛び込んできた。
見ると、いつもは清らかな水を満たしているはずの水瓶が、どんよりとした茶色の泥水で濁っている。

「…上流で、何かあったか」
俺の静かな問いに、三人の見習いたちは、こくりと頷く。
「よし、お前ら、調査に行くぞ。これは、この森に住む、全ての命に関わる問題だ」

俺たち四人は、川の流れを遡り、その源流がある、森の北にそびえる大山へと向かった。
そして、その中腹で、俺たちは、言葉を失った。

彼らが発見したのは、もはや生き物というより、一つの、**動く山脈**だった。その甲羅の上には、樹齢数百年はあろうかという木々が生い茂り、小さな滝さえも流れている。それが、森の、古代の神。**玄武**だった。
しかし、その神々しいはずの巨体は、今はただ、**ぴくりとも動かない**。その、山のように巨大な体躯に、赤子のような、か弱い寝息だけが、虚しく響いている。
彼が、寝ぼけて、わずかに身じろぎするたびに、その背中の山から、**大量の土砂が、ガラガラと音を立てて、川へと流れ込んでいた**のだ。

店に戻ると、俺たちは、すぐさま作戦会議を開いた。
ザック、**リル**、**ゴル**が、代わる代わる、俺に、森で見てきた光景と、自分たちの考察を報告する。
「…玄武様は…森の**『礎』**そのものだ。あの方が、本当に目覚めなければ、この山そのものが、崩れちゃうかもしれない…!」
リルの、そこまで的確な分析を聞きながら、俺は、内心、こみ上げてくる熱いものを、必死でこらえていた。
(…こいつら…。もう、ただのガキじゃねえ。**森の理(ことわり)を、その魂で、理解し始めてやがる**…)

見習いたちの、的確な報告を聞き終えた俺は、厨房の壁にかけてあった木の板を外すと、炭で、そこに、何やら不思議な**「歯車」**のような図を描き始めた。

「いいか、これが、お前たちの体の中にある、**魔法のエンジン**だ。米みてえな燃料が、この歯車を通ると、ぐるんぐるんと回って、お前らが動くためのエネルギーが生まれる」
俺は、歯車の一か所を、とん、と指さした。
「だが、このエンジン、最初の一個目の歯車を、最初に『えいっ』と回してやるための、**特別な『着火剤』**が必要なんだ。それが、**『クエン酸』**。玄武のじいさんは、あまりに長く眠りすぎたせいで、この着火剤が、完全にカラッポになっちまってる。だから、エンジンをかけたくても、かけられねえんだ」

その、あまりにも分かりやすい授業に、三人の見習いたちの瞳が、知的な興奮に輝いた。

「…つまりだ。俺たちの仕事は、一つ。あの、でっけえエンジンの、点火プラグに、**最高の着火剤を、直接、ぶち込んでやる**ことだ。お前たちが、あのじいさんの、止まっちまった最初の歯車を、その手で、もう一度、回してやるんだよ!」

俺の言葉に、厨房の空気が変わった。
それは、もはや、ただの厨房ではない。
一つの、神聖な使命を帯びた、若き料理人たちのための、静かで、清らかな**「神殿」**だった。
彼らの動きには、一切の無駄口も、迷いもない。ただ、この森の、偉大なる守護神への、深い敬意と、その永き眠りが、安らかな目覚めへと繋がるようにという、純粋な祈りだけが、その静かな所作に込められていた。

俺はニヤリと笑うと、真剣な眼差しで見習いたちに向かって、力強く、そして、高らかに宣言した。
「よし、お前ら!今日の最後の授業を始めるぞ!山の主を目覚めさせる、最高の**『魂の梅干し粥』**を、全員で作る!」

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