ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
36 / 166

第三十五話:小さな芽生えと、育まれる時間

しおりを挟む

俺の新しい城、『実験農場』での日々は、驚くほどに穏やかに、そして規則正しく過ぎていった。

朝、俺は誰よりも早く起きると、まず井戸で顔を洗い、澄んだ冬の空気で眠気を追い払う。そして、フェンを伴って、畑へと向かう。一日の始まりは、土との対話からだ。

「よし、今日も頼むぞ」

俺は、先日蒔いたばかりのひまわりの種が眠る畝に、そっと語りかける。もちろん、返事はない。だが、指先で土の湿り気と温度を確かめると、その日の土の機嫌が、なんとなく分かるような気がした。

日中は、畑の整備に明け暮れた。来るべき本格的な作付けに備え、畑の隅に積まれていた石を一つ一つ拾い集め、水はけを良くするための溝を掘る。その地道で単調な作業は、しかし、俺の心を不思議なほどに満たしてくれた。

前世では、ディスプレイに並ぶ無機質な数字を追いかけるだけの日々だった。だが、今は違う。自分の流した汗が、土を豊かにし、未来の実りを育む。その、あまりにも直接的で、確かな手応え。それこそが、俺が渇望していた「生きている実感」だった。

「ルークスさん!本日も、ご指導よろしくお願いいたしますわ!」

昼前になると、必ず聞こえてくる、鈴を転がすような明るい声。エレナ様だ。彼女は、もはやこの農場の、もう一人の主と言っても過言ではなかった。

「おはようございます、エレナ様。今日の土の機嫌は、上々ですよ」
「まあ、土にも機嫌があるのですのね!素敵ですわ!」

彼女は、俺が教えたことを、まるで聖なる教えのように、一つ一つ真剣に吸収していく。石拾いを命じれば、ドレスの裾が汚れるのも構わずに土の上に膝をつき、楽しそうに石を集める。溝掘りの手伝いを頼めば、小さなシャベルを手に、一生懸命に土を掘り返そうとする。

もちろん、彼女の非力な腕では、シャベルは数センチも土に食い込まない。だが、その額に浮かぶ玉の汗と、頬についた泥の汚れは、彼女が今、心の底からこの時間を楽しんでいることの、何よりの証だった。

「エレナお嬢様!そのようなはしたない!泥が、その、お顔に……!」

後方では、執事のセバスチャンが、毎日毎日、卒倒寸前の悲鳴を上げている。だが、その声も、もはやこの農場の日常に溶け込んだ、心地よいBGMのようなものだった。

その、あまりにも微笑ましい光景を、農場の入り口で警護にあたる騎士ギデオンが、鉄仮面のような表情のまま、静かに見守っていた。腕の中から解放されたフェンは、そんな三人の間を、自分の庭であるかのように、嬉々として走り回っていた。

貴族の令嬢と、気苦労の絶えない執事と、寡黙な騎士。そして、辺境の農民の少年と、黒い子犬。

その、あまりにも不釣り合いな仲間たちと過ごす、穏やかで、温かい時間。……ふと、脳裏に、リーフ村で一人、スリングショットの練習をしていた少年の姿がよぎった。(ゲルトは、今頃どうしているだろうか……)。俺が夢見たスローライフとは少し違う形だったが、この賑やかな日常も、間違いなく、俺の心を豊かに満たしてくれる、かけがえのない宝物だった。



種を蒔いてから、五日が過ぎた。

その日の朝も、俺は畑の畝の前にしゃがみ込み、土の様子を観察していた。

(……まだ、変化なしか)

正直なところ、少しだけ焦りがあった。ポイントで交換した種とはいえ、それは前世の、地球の植物だ。この異世界の土と、太陽と、水に、本当に適応できるのか。その保証は、どこにもない。

もし、このまま芽が出なかったら。エレナ様の、あの太陽のような笑顔を、曇らせてしまうことになったら。

そんな不安が、胸の奥をチリチリと焼く。俺は、祈るような気持ちで、そっと土に指先で触れた。

「ルークスさん、何か心配事ですの?」

いつの間にか隣にいたエレナ様が、俺の顔を覗き込むようにして、尋ねてきた。その青い瞳には、純粋な心配の色が浮かんでいる。

「いえ……。この子たちが、ちゃんと目を覚ましてくれるか、少しだけ」
「大丈夫ですわ」

俺の言葉を遮るように、彼女は、きっぱりと言った。

「ルークスさんが、あれほど心を込めてお世話をしているのですもの。この子たちが、その想いに応えないはずがありませんわ。わたくし、信じております」

その、一点の曇りもない、絶対的な信頼の言葉。それは、どんな高価な肥料よりも強く、俺の心に染み渡った。

「……ありがとうございます」

俺がそう言って微笑むと、彼女もまた、花が咲くように、にこりと笑った。



そして、運命の、七日目の朝が来た。

その日も、俺とエレナ様は、二人並んで畝の前にしゃがみ込んでいた。

「今日も、まだ静かですわね……」

エレナ様が、少しだけ寂しそうに呟いた、その時だった。

「……ん?」

俺は、自分の目を疑った。黒い土の表面の、ほんの一点。そこだけ、僅かに、本当に僅かに、土が盛り上がっているように見えたのだ。

俺は、息を殺して、その一点を凝視する。エレナ様も、俺のただならぬ様子に気づき、同じ場所をじっと見つめた。

風が、止まる。時間が、止まる。

そして、次の瞬間。

**ぴょこん。**

小さな、本当に小さな音を立てて。黒い土の殻を破り、二枚の、瑞々しい緑色の葉が、まるで背伸びをするかのように、顔を出したのだ。

それは、あまりにもささやかで、しかし、何よりも力強い、生命の誕生の瞬間だった。

「「あ……!」」

俺とエレナ様の声が、綺麗に重なった。

俺たちは、顔を見合わせる。そして、どちらからともなく、笑い出した。最初は小さな笑い声だったが、次第に抑えきれなくなり、俺たちは肩を震わせた。

「やりましたわ!ルークスさん!やりましたわ!」

エレナ様は、子供のようにはしゃぎ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。俺も、込み上げてくる熱いものをこらえきれず、何度も、何度も、その小さな芽生えに頷きかけた。

リーフ村で、冬野菜の芽が出た時も、確かに感動した。だが、今の感動は、それとは質の違う、特別なものだった。あの時は、俺一人の奇跡だった。だが、この小さな芽は、俺と、エレナ様と、そしてこの農場に関わる皆で育んだ、最初の「希望」だったからだ。

「……見事なものだな」
いつの間にか背後に立っていたギデオンが、ぽつりと、呟いた。その声には、普段の厳しさとは違う、確かな賞賛の色がこもっていた。
「お嬢様が、これほどお喜びになるお姿を拝見するのは、いつ以来か……」
セバスチャンも、ハンカチで目頭を押さえながら、感極まった声で言っている。彼にとって、令嬢が泥で汚れることなど些細な問題だった。彼女が心の底から笑ってくれること、それこそが、彼の執事人生における至上の喜びなのだ。

俺たちの小さな実験農場に、最初の、そして最も大切な奇跡が、確かに芽生えた瞬間だった。

俺は、その小さな双葉に、改めて向き直った。

(よし。芽は出た。だが、戦いはここからだ)

鑑定スキルで見た通り、この土地には窒素分が不足している。ひまわりのような、大きく育つ植物には、これから大量の栄養が必要になる。

(堆肥だ。最高の堆肥を作って、この子たちを、空まで届くくらい、大きく育ててやる)

俺の心に、次なる目標が、確かな光をもって灯った。それは、この街の市場で手に入る落ち葉や野菜くず、そして馬小屋の糞尿を使った、本格的な土作りの始まりを意味していた。

それは、この城壁都市ランドールに、リーフ村とはまた違う、新たな「革命」をもたらすことになる、壮大な計画の、第一歩だった。



【読者へのメッセージ】
第三十五話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、ひまわりの芽生えという「小さな奇跡」を通じて、ルークスとエレナ様、そして周囲の人々との間に育まれていく温かい時間を、じっくりと描いてみました。この穏やかな日常に、ほっこりしていただけましたでしょうか。
「芽生えのシーン、感動した!」「エレナ様がどんどんヒロインしてる!」「セバスチャンの涙に笑った」など、皆さんの感想や応援が、ひまわりが大きく育つための太陽の光となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに芽吹いた希望の種。しかし、次なる課題は「土作り」。ルークスの知識が、今度はこの城壁都市の「循環」をも変えることになるかもしれません。次回、新たな挑戦の始まり。どうぞお楽しみに!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

処理中です...