ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
38 / 166

第三十七話:発酵する想いと、街のざわめき

しおりを挟む

俺の実験農場に、異臭を放つ『宝の山』が築かれてから、二週間ほどの時が流れた。

ランドールの街は、冬の厳しさが最も深まる季節を迎えていた。空は鉛色に閉ざされ、石畳の道は凍てつき、人々は分厚い外套の襟を立て、足早に家路へと急ぐ。

だが、高い城壁に囲まれた俺の農場だけは、そんな外の世界の厳しさとは無縁だった。ひまわりの苗は、あの日の小さな双葉が嘘のように、力強く成長していた。本葉は手のひらほどの大きさに広がり、その瑞々しい緑色は、日に日にその濃さを増している。その生命力溢れる姿は、この凍てついた街にあって、唯一季節を先取りした、希望の象徴のようだった。

そして、その希望を支える源こそ、農場の隅で静かに眠る、あの堆肥の山だった。

「ルークスさん、本当に温かいですわね!」

今日も、鍬で堆肥の山を切り返す俺の隣で、エレナ様が驚きの声を上げる。切り返された山の断面からは、ほわりと白い湯気が立ち上っていた。外気温は氷点下に近いというのに、この山の内部は、まるで生きているかのように、確かな熱を発しているのだ。

「はい。土の中にいる小さな生き物たちが、一生懸命パーティーをしている証拠です。この熱が、野菜くずやお馬さんの糞を、最高のご馳走に変えてくれるんです」
「まあ、素敵!わたくしも、パーティーのお手伝いをさせてくださいませ!」

彼女はそう言うと、自分用に用意された小さな鋤を手に取り、俺の真似をしながら、一生懸命に山を切り返そうとする。もちろん、そのか細い腕では大した仕事にはならない。だが、その額に浮かぶ汗と、泥だらけの頬で浮かべる満面の笑みは、彼女が今、心の底から「生きる力」に触れる喜びを感じていることを、何よりも雄弁に物語っていた。

「エレナお嬢様!その異臭は、お体に障ります!どうか、そのような汚れ仕事は、下々の者に……!」

後方でセバスチャンが悲鳴を上げているが、もはや俺たちの耳には届いていない。その光景を、農場の入り口で警護にあたるギデオンが、鉄仮面のような表情のまま、静かに見守っている。彼の足元では、すっかり大きくなったフェンが、欠伸をしながら日向ぼっこをしていた。

穏やかで、満ち足りた時間。この二週間で、俺たちの関係は、確実に変化していた。

エレナ様は、もはや単なる「弟子」ではなかった。彼女は、俺の知識をただ受け取るだけでなく、自ら考え、質問し、時には俺も気づかなかったような、植物の小さな変化を発見する、最高の「研究パートナー」となっていた。

ギデオンも、ただの見張り役ではなかった。俺が重い荷物を運んでいると、何も言わずにすっと手を貸してくれる。フェンが彼の足元に擦り寄っても、もう追い払うことはなく、時折、その武骨な指で、不器用に黒い毛皮を撫でている姿を見かけるようになった。

そして、セバスチャン。彼は相変わらず気苦労が絶えないようだったが、俺を見るその目から、当初の侮蔑の色は完全に消えていた。何より敬愛するエレナお嬢様が、心の底から笑っている。その事実の前では、農民の少年に対する個人的な感情など、些細な問題だった。お嬢様の笑顔を守ること、それこそが彼の至上の務めなのだ。彼が淹れてくれる紅茶が、日に日に美味しくなっているのは、きっと気のせいではないだろう。

この実験農場は、もはやただの畑ではない。身分も、育ちも違う俺たちが、土を通じて心を繋げる、一つの大きな「家族」の食卓のような場所になりつつあった。



そんな穏やかな午後。俺たちの静かな城に、嵐のような訪問者が、再び姿を現した。

「ルークス君!大変なことになったよ!」

扉を蹴破らんばかりの勢いで農場に駆け込んできたのは、行商人のクラウスだった。その顔は、興奮と焦りが入り混じった、何とも言えない表情をしていた。

「クラウスさん?どうしたんですか、そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないさ!君が、君がこの街に火をつけたんだ!」

訳が分からず首を傾げる俺に、クラウスは矢継ぎ早にまくし立てた。

彼が言うには、あの日、彼が辺境伯に献上した冬野菜と『奇跡のプリン』は、城内で、まさに革命的な衝撃をもたらしたらしい。

「辺境伯様は、家臣たちを集めた晩餐会で、君の野菜を振る舞われたそうだ。真冬に、採れたてのトマトの味を知った貴族の方々が、どんな顔をしたか、想像がつくかい?最初は毒を疑い、次に魔法を疑い、そして最後には、そのあまりの美味さに、皆、言葉を失ったそうだ!」

クラウスは、まるで見てきたかのように、身振り手振りを交えて熱弁する。

「そして、極めつけはプリンだ!特に、辺境伯夫人が、いたくお気に召されたらしくてね。『この世に、これほど人を幸せにする菓子があったとは』と、涙を流して喜ばれたそうだ!今や、城の料理人たちは、どうにかしてあの味を再現しようと、毎日、卵と乳を山のように無駄にしているらしいよ!」

その光景を想像し、俺は思わず苦笑した。俺のささやかなお菓子が、そんな大騒動を巻き起こしているとは。

だが、クラウスの話は、それだけでは終わらなかった。

「問題は、その噂が、城の外にまで漏れ出したことさ。今、このランドールの腕利きの料理人たちの間で、君の名前は、一種の伝説になりつつある。『リーフ村の救世主』、『冬に夏を呼ぶ少年』、果ては『神の舌を持つ料理人』だなんて、尾ひれがついてね!」

その、あまりにも大袈裟な二つ名に、俺は頭が痛くなってきた。俺が望んでいるのは、静かなスローライフだ。これ以上の注目は、前世でうんざりするほど味わった、他人の都合で利用され、搾取されるだけの人生の再来を意味する。そんな面倒は、ごめんだった。

「勘弁してくださいよ……。俺は、ただの農民ですって」

俺がうんざりしたように言うと、クラウスは「いやいや、もう手遅れだよ」と、楽しそうに笑った。

「君のこの『実験農場』のことも、すでに街では噂になっている。辺境伯様直々のお墨付きを得た、謎の天才少年が、ここでまた何かとんでもない奇跡を起こそうとしている、ってね。毎日、何人もの人間が、この扉の前をうろついては、中の様子を窺っているそうだよ」

その言葉に、俺は農場の入り口に立つギデオンを見た。彼は、俺の視線に気づくと、わずかに頷いてみせた。どうやら、クラウスの言うことは、事実らしい。

俺は、深く、深いため息をついた。俺が望むと望まざるとにかかわらず、俺の存在は、この街の中で、無視できないほどの大きなものになりつつある。それは、俺が望んだスローライフとは、真逆の方向だった。

俺が、自分の行動が生み出した予想外の結果に、戸惑い、俯いていると。

「……わたくしは、素晴らしいことだと思いますわ」

静かな、しかし凛とした声がした。エレナ様だった。

彼女は、俺の前に立つと、その澄んだ青い瞳で、真っ直ぐに俺を見つめて言った。

「ルークスさんの作るものは、人を幸せにします。わたくしの雪中花がそうであったように。あなたの野菜やプリンが、お母様や、城の人々を笑顔にしたように。……その幸せが、もっとたくさんの人に広まっていくのは、とても、とても素敵なことではありませんか?」

その、一点の曇りもない、純粋な言葉。

それは、スローライフという小さな夢に固執し、視野が狭くなっていた俺の心を、優しく、しかし確かに、揺さぶった。

そうだ。俺は、いつから、自分のことばかり考えるようになっていた?俺の力の源は、いつだって、「誰かを笑顔にしたい」という、純粋な願いだったはずだ。家族を、村を、そして、目の前のこの少女を。

その輪が、少しだけ、大きくなる。ただ、それだけのことじゃないか。

「……そう、ですね」

俺は、顔を上げ、彼女に微笑み返した。

「そうかもしれません」

俺の迷いが晴れたのを見て取ると、クラウスは、待ってましたとばかりに、にやりと商人の顔で笑った。

「そうと決まれば、話は早い!実は、君に、とっておきの儲け話があるんだがね……!」

彼が、身を乗り出してそう言った、まさにその時。

「グルルルル……!」

俺の足元で、それまで大人しくしていたフェンが、クラウスに向かって、鋭い牙を剥き出し、威嚇の唸り声を上げた。その金色の瞳が、「俺のご主人様に、余計なことを吹き込むな」と、雄弁に語っていた。

「お、おいおい!冗談だよ、冗談!」

突然の威嚇に、クラウスは慌てて両手を上げた。その、あまりにも対照的な二人の姿に、俺とエレナ様は、思わず顔を見合わせて、声を立てて笑い出した。

冬の実験農場に響く、明るい笑い声。

それは、これから始まる、新たな物語の、賑やかなプロローグのようだった。



【読者へのメッセージ】
第三十七話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、堆肥作りという地道な日常と、城壁の外で巻き起こるルークス伝説(?)のギャップを描いてみました。穏やかな時間の中で、キャラクターたちの絆が少しずつ深まっていく様子に、温かい気持ちになっていただけましたでしょうか。
「エレナ様、マジ天使!」「セバスチャンの気苦労に同情する(笑)」「フェンの威嚇、グッジョブ!」など、皆さんの感想や応援が、この農場をさらに豊かにしていきます。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに街中を巻き込む存在となり始めたルークス。彼の「人を幸せにする力」は、次にどんな奇跡を生み出すのか。そして、クラウスが持ち込もうとした「儲け話」とは…?物語はゆっくりと、しかし確実に、その根を広げていきます。次回も、どうぞお楽しみに!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

処理中です...