ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百九話:王都の朝市と、路地裏に眠る黄金の香り

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 小鳥のさえずりと、窓から差し込む暖かな日差しが、まぶたを優しく叩く。
 最高の目覚めだった。
 昨夜の――いや、今朝方までの激務が嘘のように、俺の体は羽が生えたように軽く、気分は突き抜けるような青空のように晴れやかだった。

「……ふあぁ。よく寝た」

 俺が宿のベッドから体を起こすと、すでに身支度を整えたギデオンさんが、窓辺で優雅に紅茶を飲んでいた。朝日を背負ったその横顔には、普段の鉄仮面のような厳しさはなく、隠しきれない笑みが張り付いている。

「おはようございます、ルークス殿。……良いニュースがありますよ」

 ギデオンさんは、手元のサイドテーブルに置かれていた一枚の羊皮紙を、ひらりと振ってみせた。王都の裏社会に通じる情報屋、ロイドからの速達だ。

「今朝、第三兵站倉庫で行われた『不正摘発』の結果が届きました」

 昨夜、魔力炉の暴走を止めた直後のことだ。
 俺たちは休む間もなく、宰相オルコ一派が仕組んだ卑劣な罠――「ゴードンの納品武具への偽装工作」を阻止するため、闇に紛れて倉庫へ潜入した。
 といっても、大量の粗悪品を運び出し、本物とすり替えるような時間も体力も、俺たちには残っていなかった。だから俺は、農耕スキルの『研磨』と『表面加工』を悪用し、粗悪な鉄クズを**「一見すると伝説の聖剣に見える、ピカピカに発光する剣」**に加工しておいたのだ。

「報告によれば、意気揚々と倉庫に乗り込んだ監査官は、箱を開けた瞬間に放たれた神々しい光に目を焼かれ、中から現れた二十本の『聖剣』の輝きを見て、『こ、これはミスリル……いや、オリハルコンか!?』と腰を抜かしたそうです」

「あはは! 大成功ですね」

 俺は思わずベッドの上で膝を叩いて笑った。
 墓穴を掘るとはこのことだ。「鉄クズが入っているはず」と決めつけていた彼らは、予想外の輝きに狼狽し、不正を暴くどころか、「こ、こんな国宝級の代物を粗雑に扱ってはならん!」と震え上がり、そのまま逃げ帰ったらしい。
 あの発光塗料は三日もすれば剥げ落ちてただの鉄クズに戻るが、その頃には正式な鑑定官による調査も終わり、ゴードンさんが納めた本物の剣の品質が証明されているだろう。

「これで心置きなく、休息を楽しめますね」

 俺は大きく伸びをした。関節がポキポキと小気味よい音を立てる。
 地下魔力炉の暴走も止め、ゴードンさんの濡れ衣も晴らした。肩の荷が二つ同時に降りた感覚だ。
 その時、俺の腹の虫が、盛大な音を立てて鳴いた。

「……腹が減っては戦もできませんね」

「ふっ。そうですな。昨夜から働き詰めでしたから」

 ギデオンさんも苦笑する。
 俺は視界の端にウィンドウを表示させ、現在のポイントを確認した。魔力炉の件や倉庫の件で多少使ったが、それでもまだ余裕はある。

「さて! 嫌な奴らを撃退した後は、美味しいものでも食べに行きませんか? 昨日は散々でしたから、今日はパーッとやりましょう!」

『賛成だ! 肉だ! 串焼きだ! 我は分厚い肉が食いたいぞ!』

 俺の言葉に反応して、ベッドの下から黒い毛玉が飛び出してきた。フェンだ。どうやら彼も完全に回復したらしい。尻尾をプロペラのように回転させ、俺の足にじゃれついてくる。

「よしよし。王都の美味いものを食い尽くす勢いで行こうか」

 俺たちは晴れやかな気分で宿を出て、王都の目抜き通りへと繰り出した。

 ***

 王都の中央広場で開かれている朝市は、俺の想像を遥かに超える活気に満ち溢れていた。
 綺麗に敷き詰められた石畳の大通りには、所狭しと色とりどりのテントや露店が並び、威勢の良い掛け声が飛び交っている。
 新鮮な野菜の青い匂い、焼き立てのパンの香ばしさ、スパイスの刺激的な香り、そして果物の甘い香り。それらが混ざり合い、空腹の胃袋を強烈に刺激する「幸せの匂い」となって漂っていた。

「おお、これは見事なカブですね」
「坊主、お目が高い! 今朝、東の農園から届いたばかりだ。スープにすればトロトロにとろけるぞ!」

 俺は農家の直売所を見て回る。
 異世界の野菜は、前世のものと似ているようで少し違う。
 例えばこの『太陽トマト』。見た目は真っ赤なトマトだが、切ると中からオレンジ色の果汁が溢れ、フルーツのように甘い。
 俺は**スキル『鑑定』**を常時発動させ、目ぼしい食材を次々と買い込んでいく。収納魔法があるおかげで、荷物の重さを気にせず買い物が楽しめるのが最高だ。

「ルークス殿、あちらに行列ができていますぞ」

 ギデオンさんが指差した先には、一際長い行列ができている屋台があった。
 そこから漂ってくるのは、焦げた醤油のような、日本人のDNAを直接刺激する香ばしくも濃厚な香り。
 
「……あの匂いは!」

 俺の鼻が、記憶の中の「縁日の香り」を捉えた。
 それは、トウモロコシ――いや、この世界で言う『黄金穀(コーン)』を焼く匂いだ。
 俺たちは顔を見合わせ、吸い寄せられるように行列の最後尾に並んだ。

「へいらっしゃい! 特製『焼き黄金穀』、一本銅貨五枚だよ!」

 屋台の店主が、炭火の上で巨大なトウモロコシを転がしている。
 タレを刷毛で塗るたびに、ジュッ! という小気味良い音と共に、白い煙と爆発的な香りが立ち上る。粒の一つ一つが黄金色に輝き、焦げ目が食欲をそそる最高のコントラストを描いている。
 たまらない。唾液が溢れて止まらない。

「三本ください!」

 焼きたての黄金穀を受け取る。熱々だ。
 俺は大きく口を開け、ガブリと齧り付いた。

 プチンッ!

 弾けるような食感と共に、粒の中から熱々の甘い汁が口いっぱいに広がる。そこへ、焦げたタレの塩気と香ばしさが追いかけてきて、甘みと塩味の完璧なハーモニーを奏でる。

「んんっ! 美味い!」

「ほう……これは単純だが奥が深い。素材の甘みが際立っていますな。炭火の香りも良い」

 ギデオンさんも、豪快に齧り付きながら目を細める。
 足元ではフェンが「我にもよこせ!」と俺のズボンを引っ張っている。

「はいはい、お前にもやるよ」

 俺は冷ました部分をちぎってやると、フェンはそれを一口で飲み込み、『うまい! おかわり!』と催促してきた。
 青空の下、美味しいものを食べて笑い合う。これこそが、俺が求めていたスローライフの一片だ。昨日の命がけの戦いが、まるで遠い昔のことのように思える。

 腹ごしらえを済ませ、食べ歩きを楽しみながら市場の奥へと進んでいくと、賑やかな表通りとは雰囲気の違う、少し薄暗い路地裏に出た。
 そこは、正規の出店料を払えない貧しい商人や、怪しげな品物を扱う店がひっそりと並ぶエリアだった。

「……なんだろう、あれ」

 ふと、俺の目が一軒の粗末な店に釘付けになった。
 店と言っても、地面に汚れた筵(むしろ)を敷いただけの場所だ。
 そこに座り込んでいるのは、ボロボロのローブを目深に被った、小柄な人物だった。

 その人物の前には、泥だらけの籠が一つ置かれている。中には、無造作に放り込まれた、黒くていびつな塊がゴロゴロと入っていた。
 周りの客は「なんだあの泥団子は」「汚いな」「あんなゴミを売るなんて」と顔をしかめ、避けるように通り過ぎていく。

 だが、俺の『鑑定』スキルと、前世の記憶が、激しく警鐘を鳴らしていた。
 あれは泥団子なんかじゃない。
 俺はゴクリと唾を飲み込み、その店に近づいた。

 微かに漂ってくるのは、湿った土の匂いと、それに混じる濃厚で芳醇な、独特の香り。
 この匂いを知っている。高級レストランの厨房で嗅いだことのある、あの魅惑の香りだ。

「……これ、売り物ですか?」

 俺が声をかけると、ローブの人物がビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
 フードの下から覗いたのは、琥珀色の大きな瞳と、日に焼けた褐色の肌。そして、髪の間からピンと立った、三角の獣耳だった。獣人族の少女だ。
 彼女は怯えたように身を縮こまらせ、震える声で答えた。

「……かうの? にんげん」

 その声は警戒心に満ちていたが、どこか切羽詰まった響きがあった。痩せた頬、荒れた唇。彼女が困窮していることは明らかだった。

 俺はしゃがみ込み、泥だらけの黒い塊を一つ手に取った。
 ずしりとした重み。表面のイボイボした感触。
 鼻を近づけるまでもない。手に取っただけで、その香りがふわりと立ち上る。

 間違いない。
 これは『黒トリュフ』――いや、この世界では『大地の黒真珠』と呼ばれる、超高級食材だ。
 王都のレストランなら、これ一つで金貨数枚は下らない。それが、こんな無造作に売られているなんて。

「いくらですか?」

 俺が尋ねると、少女は自信なさげに、指を一本立てた。

「……ぎんか、いちまい」

 銀貨一枚。約千円。
 安すぎる。市場価格の百分の一以下だ。
 この獣人の少女は、この価値を知らないのか、それとも足元を見られているのか。いや、そもそも獣人族への差別意識が強いこの国では、彼女がまともな商売をすること自体が難しいのかもしれない。

「……これ、全部買います」

 俺の言葉に、少女は目を見開いた。

「ぜ、ぜんぶ……? ほんとに?」

「ええ。ただし、言い値じゃありません」

 俺は懐から、金貨を一枚取り出した。
 銀貨十枚分にあたる、高額硬貨だ。

「……え?」

 少女が呆気にとられている間に、俺は彼女の汚れた手に金貨を握らせた。

「適正価格です。……いや、これでも安いくらいだ。君は、すごいお宝を見つけたんだよ」

 少女は金貨と俺の顔を交互に見て、やがてその大きな瞳を涙で潤ませた。
 ポロポロと涙をこぼしながら、彼女は何度も頭を下げた。

「ありがとう……ありがとう……っ! これで、妹に薬が……!」

 どうやら、俺はまた「厄介ごと」と「お宝」を同時に拾ってしまったらしい。
 だが、この香りを嗅いでしまっては、農民として、そして料理人として見過ごすわけにはいかない。
 俺は籠いっぱいの黒トリュフを収納魔法にしまい込み、立ち上がった。

「ルークス殿、それは一体……?」

 一部始終を見ていたギデオンさんが、不思議そうに尋ねてくる。

「ギデオンさん、今夜の夕食は期待していてください。……こいつは、『黒いダイヤ』ですよ」

 俺はニヤリと笑った。
 この最高級食材を使って、どんな料理を作ろうか。リゾットか、それともパスタか。いや、シンプルにオムレツに乗せるのもいい。
 俺の頭の中は、すでに新しいレシピの構想でいっぱいだった。

 王都の朝市。そこには、光と影、そして思わぬ掘り出し物が眠っていた。
 俺たちの王都生活は、まだ始まったばかりだ。


**【読者へのメッセージ】**
いつも応援ありがとうございます!
今回は、激闘の後の穏やかな(?)朝市回を、大幅に加筆してお届けしました。
冒頭で少し触れましたが、ゴードンさんの件も「農民スキル」の応用(イタズラ?)で無事に解決しました! これで心置きなくグルメを楽しめます。
焼きトウモロコシの描写、お腹が空いていただけましたでしょうか? 香ばしい醤油の匂いを想像していただけたら嬉しいです。
そして最後に出会った謎の獣人少女と、泥だらけの黒い塊。
これが新たな波乱とグルメの幕開けとなります。
次回、この「黒いダイヤ」を使った絶品料理が登場!?
続きが気になる方は、ぜひブックマークと評価(☆☆☆☆☆)をお願いします!
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