ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
173 / 278

第百七十一話:市場(マーケット)の落とし子、あるいは「ゴミ」の真価

しおりを挟む

 王都エストリアの中央市場。そこは、王国のあらゆる富と欲望、そして数万人の生活の残り香が、生臭い熱気と共に巨大な渦を巻く「世界の胃袋」だった。
 迷宮のように入り組んだ石造りの回廊には、北の連峰から届いた氷詰めの魚介、南の湿帯で採れた極彩色の果実、さらには出所不明の古びた魔導具までが所狭しと並べられている。売り子たちの野太い怒声と客たちの値切る声が、まるで物理的な圧力となって鼓膜を震わせた。

「フェン、絶対に離れるなよ。この人混みで魔獣の正体を現されたら、ポイントを稼ぐ前に俺の平穏な農民生活が強制終了だ」
「分かっておる。……だが主よ、この街の連中は全員鼻が詰まっているのか? 芳醇な魔力の匂いがする極上の素材が、あちこちで腐りかけの生ゴミと一緒に放置されておるぞ。我慢ならん」

 俺の足元で、ただの黒い小犬――「愛嬌のあるペット」を完璧に装っているフェンが、不機嫌そうに喉を鳴らした。
 俺――ルークス・グルトは、十歳の少年に相応しい好奇心に満ちた瞳を演じつつ、その裏側では、前世のブラック企業で鍛え上げた「分析官」の意識をフル稼働させていた。

【スキル:鑑定 Lv.1 連続稼働】
【対象:市場全域の陳列物および廃棄物】
【警告:処理情報量が推奨上限を突破。フィルタリング設定を『ポイント変換効率20%以上』かつ『市場評価額:銅貨100枚以下』に再設定……完了】

 右目の奥が、熱を帯びるように青白く閃光を発した。
 次の瞬間、色彩豊かな市場の風景は、俺の視界の中で無機質な「価値の数値」へと書き換えられた。
 多くの人々が群がり、法外な値がついている『霜降り肉』や『古代王国の装飾品』。それらは既に価値が公知されており、ポイント変換効率は基本の5%、良くて手数料を引かれて微増する程度だ。そんな「分かりやすいお宝」に用はない。

(……俺が求めているのは、システム上の穴。つまり、この世界の人間が価値を見落としている『隠された高還元案件』だ)

 回廊の最果て、日当たりが悪く、腐った野菜の端材や魚の内臓が放り込まれた廃棄場から、鼻を突く悪臭が漂ってくるエリア。そのすぐ隣に、店主が酒臭い息を吐きながら居眠りをしている、薄汚れた露店があった。
 並べられているのは、泥にまみれた歪な形の「木の根」や、ただの「石ころ」にしか見えないガラクタばかり。

「坊主、冷やかしか……? 運が良ければ薬草の代わりになるかもしれねえゴミ山だ。一つ銅貨三枚、三つで銅貨八枚で持っていきな……グゥ」
 店主が重い瞼を僅かに開き、面倒そうに告げて再び微睡(まどろ)みに沈む。
 だが、俺の鑑定視界では、そのゴミ山の中の一つが、周囲を塗り潰すほどの黄金色の輝きを放っていた。

【対象:枯死した『世界樹の髭根(残滓)』】
【市場価値:測定不能(ただの燃料用木屑扱い)】
【ポイント換算評価:基本レート5.0% + 王都魔導士ギルドにおける潜在需要上乗せ1450.0%】
【期待獲得ポイント:15,000 pt(購入価格:銅貨3枚に対し)】

(――ビンゴだ。これこそが、ブラック企業時代に深夜のポイントサイトを網羅して見つけ出した『バグ同然の高効率タスク』の感覚だ!)

 心臓が早鐘を打つのを、冷徹な理性が一瞬で制圧する。
 ただの枯れ木の根にしか見えないそれは、数千年前の聖域から地下水脈を通じて流れ着いた、極めて純度の高い魔導触媒の残滓。王都の誇り高い魔導士たちが生涯に一度拝めるかどうかという代物だが、この世界の「鑑定魔法」は手順が煩雑で、石ころ一つを鑑定するのに金貨一枚分の触媒が必要だ。
 結果、誰もその真価に気づかず、この薄汚れた露店でゴミとして転がっている。

「おじさん。これと、あそこの少し綺麗な石、それからこの萎びた草……全部で銅貨十枚でどうですか? 自由研究の材料にしたいんだ」
「……けっ、物好きだ。持ってけ、小僧」

 取引成立。
 俺が汚れた布越しにその「髭根」を掴んだ瞬間、脳内のシステムログが過去最大級の快音を鳴らした。
【隠された逸品(ロスト・アイテム)を発見。称号ボーナス:『価値の再定義者』獲得。……保有ポイント:41,750pt → 56,750pt】

(一瞬で一万五千ポイント……。リーフ村の荒れ地を一年かけて耕すよりも遥かに効率が良い。……だが、これが王都の、そしてこの世界の残酷な真実でもある。知識を持つ者と持たざる者の間で、これほどまでの『搾取』が平然と行われているんだ)

 ふと、先ほど目にした路地裏の子供たちの虚ろな瞳が、前世で救えなかった後輩の顔と重なって浮かび上がる。
 この一万五千ポイントがあれば、彼らに数年分の温かい食事を提供できる。だが、今ここで無秩序な施しをすれば、それは「影」を呼び寄せ、俺の平穏を、そして彼らの命を余計に危険にさらす。
 俺は「髭根」を収納魔法の深奥に放り込み、フェンの頭を撫でて自分を落ち着かせた。

「フェン、次は食料だ。さっきお前が言っていた『芳醇な魔力の匂い』、そっちに案内してくれ」
「ふむ、あちらだ。……だが主よ、警戒せよ。そこには『嫌な匂い』も混じっておる。欲望に脂ぎり、他人の不幸を糧にする……お主が嫌う、ジルヴァのような種類の奴らだ」

 フェンの念話による警告に、俺の背筋に冷たいものが走った。
 導かれた先は、高級食材エリアの裏手にある荷揚げ場。そこには、大量の「貝殻」が山のように積み上げられていた。王都のグルメな貴族たちは、中の身だけを珍重し、殻を「道に敷く砂利」として廃棄しているのだ。
 だが、その貝殻の山――『アビス・パールの母貝』の隙間から、独特の虹色の光彩が漏れ出していた。

「……あり得ない。人魚族の深海域でしか獲れないはずの、アビス・ハートの欠片が、なぜ王都のゴミ捨て場に……?」

 その時だった。
「おやおや。そんなゴミの山を熱心に眺めて、君は随分と……そう、独創的な『趣味』をお持ちのようだね」

 背後からかけられた、絹のように滑らかで、氷のように底冷えする声。
 振り返ると、そこには銀髪を完璧なまでに整え、穏やかな――だが瞳の奥が絶対零度の冷徹さを湛えた青年が立っていた。

 ――ジルヴァ。
 設定資料集において、俺と対極の思想を持つ「もう一人の転生者」として定義された、最悪の略奪者。
 王都編の「影」の正体が、想定よりも遥かに早く、俺の目の前にその姿を現した。

(……クソ。拠点を整えた直後に接触してくるとはな。だが、向こうはまだ俺を『運良くお宝を拾っただけの平民の子供』だと思っているはずだ。ここは、徹底的に『農民の子供』を演じ切るしかない)

 俺は、ポイント亡者としての冷徹な分析スイッチを切らずに、表面上の表情だけを「キラキラした貝殻を見つけて喜んでいる無邪気な少年」へと切り替えた。
 心拍数を抑え、瞳孔の開きを調整する。

「あ、こんにちは! お兄さんもこれ、探しに来たの? この貝殻、太陽に当てるとすっごく綺麗なんだよ! 妹にお土産にしようと思って!」

 ジルヴァの細められた瞳が、俺の表情を、そして背後で威嚇寸前のフェンを、執拗に値踏みするように舐め回す。
 王都の中央市場。白日の下で行われる、ポイント亡者と略奪者の初接触。
 俺の「鑑定」が捉えた彼の市場価値は、測定不能――あるいは「世界を破滅させる不協和音」として、赤黒く点滅していた。

---


【読者へのメッセージ】
第百七十一話(真・完全版)をお読みいただき、ありがとうございます!
ゴミの中から一万五千ポイントを掠め取るルークスの「亡者っぷり」と、その裏にある悲しい過去。そしてジルヴァという「もう一人の転生者」が放つ異質な威圧感。
次回、ルークス vs ジルヴァ! 果たしてルークスはこの「略奪者」の追及を、子供のフリでかわし切ることができるのか。
「一万五千ポイントの快感、たまらない!」「ジルヴァとの対峙が怖すぎる……」という方は、ぜひ評価やブックマークで応援をよろしくお願いいたします!
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...