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第百九十一話:黄金の収穫と、禁断の香ばしさ
しおりを挟む秋の陽光が、リーフ村を重厚な黄金色に塗りつぶしていく。
かつては飢饉の影に怯え、冬を越せるかどうかの瀬戸際で枯れ草のような色をしていた村の畑が、今は違う。ルークスの指導と、ポイントを惜しみなく注ぎ込んだ『土壌改良』によって地力(じりき)を蓄えた大地は、たわわに実った穂を豊かに揺らしていた。
「……よし、これならいける。最高の出来だ」
俺はクワを杖代わりに、一面に広がるジャガイモ畑を見渡した。
掘り起こされた土の中から現れるのは、大人の拳よりも二回りは大きく、肌のきめが細かくて美しい、薄紅色のジャガイモたちだ。通常の栽培では考えられないほどの重量感。鑑定スキルを使うまでもなく、これが大地と現代農法、そしてポイントがもたらした「特級品」であることがわかる。
「クゥ! あるじ、こっちもすごいよ! おなかがすく、いいにおいがする!」
足元では、すっかり元気を取り戻したフェンが、短い足で一生懸命に土を掘り起こすのを手伝っていた。若体期の勇猛な姿もいいが、こうして泥に鼻を突っ込んで、尻尾をプロペラのように振っている幼体期の姿こそ、この村の穏やかな平穏には相応しい。
地下水路での激闘から一週間。
俺のポイント残高は、あの夜の「15pt」から、地道な農作業と村人への細かな手助けを経て、ようやく300ptほどまで回復していた。
【称号ボーナス:『リーフ村の救世主』が適用中。……日々の善行ポイントに 1.5倍 の補正がかかります】
失った一万五千ポイントへの道は、まだ遠く、果てしない。だが、ウィンドウに並ぶささやかな数字は、俺が今日一日、この村の土と共に確かに「生きた」証だ。
「ルークス! こっちの区画も終わったぞ! 見てくれ、こんなにデカい芋は生まれて初めてだ!」
声をかけてきたのは、村長のハンスさんだった。かつては「余所者の知恵など不要だ」と俺を撥ね付けていた頑固な老人が、今は泥だらけのシャツを誇らしげに揺らし、誰よりも熱心に俺の農法に従っている。
「ハンスさん、本当にお疲れ様です。見事な収穫ですね。これなら、今年の冬は誰もひもじい思いをせずに済みます」
「ああ……。ルークス、お前のおかげだ。村長として、いや、この村の親の一人として、礼を言う。……明日の大収穫祭、楽しみにしておるぞ。お前が何か『新しい出し物』をすると聞いて、若者たちは仕事も手につかんようじゃ」
ハンスさんは照れくさそうに笑い、俺の肩を力強く叩いた。その信頼を勝ち得たという事実は、どんな高価なポイントアイテムよりも俺の胸を熱くさせた。
---
そして翌日。リーフ村は、開村以来、最高潮の熱気に包まれていた。
広場の中央には、天を突くほどの巨大な焚き火が据えられ、村人たちが持ち寄った食材が次々と運び込まれる。例年なら、酸っぱくて硬い黒パンと、具の少ない塩辛い豆スープで終わるささやかな祭り。だが、今年は「祝い」の祭りだ。
「お兄ちゃん、準備できたよ! みんな、まだかなってソワソワしてる!」
好奇心旺盛な少女リサが、目を輝かせながら俺の屋台に駆け寄ってきた。
俺が今日のために用意したのは、前世の記憶に刻まれた、冬のキャンプ動画で何度も見ては生唾を飲み込んだ、あの「禁断のメニュー」だ。
「よし、いくぞ。最高の祭りにしよう」
俺は背後の荷車から、掘りたての特級ジャガイモの山を一つかみ取り出した。
【通知:特級ジャガイモ(リーフ村産)をシステムに売却。……200pt 獲得】
【通知:特級ジャガイモ(リーフ村産)をシステムに売却。……200pt 獲得】
手塩にかけて育てた傑作をシステムに捧げ、ポイントへと変換していく。手元に残ったのは、300ptの貯金と、売却で得たポイントを合わせた計700pt。
昨夜、母さんのための石鹸(200pt)を我慢して、どうしても欲しかった未来。
【アイテム交換:『精製された塩』 50pt】
【アイテム交換:『バター(有塩・高品質)』 500pt】
【現在の所持ポイント:150pt】
雪のように白く純粋な結晶の塩と、黄金色に輝き、濃厚な乳の香りを放つバターの塊。たった一個のバターに、今の俺の全財産に近い価値を投じた。石鹸を買えなかった悔しさは、このバターが村人たちを笑顔にすることで、必ず昇華させてみせる。
俺は焚き火の熾火の中に、濡れた布とスライムレザーで包んだ巨大なジャガイモを放り込んだ。
じっくりと熱が通り、やがて皮が僅かに焦げ、大地の芳醇な香りが広場一帯に漂い始める。その「暴力的なまでに美味そうな匂い」に、村人たちが一人、また一人と引き寄せられていく。
「お、おい、ルークス。それは一体、何を焼いているんだ?」
我慢しきれなくなった鍛冶屋のゴードンが、喉を鳴らして尋ねる。
「ゴードンさん、いいところに。これは『じゃがバター』っていう、俺の故郷のとっておきの料理です」
俺は火の中からホクホクのジャガイモを取り出し、十字に切れ目を入れた。湯気が噴き出し、黄色い実が花開く。そこへ、貴重なバターを贅沢に――けれど、全員に届くよう丁寧に切り分け、一切れ乗せる。
じゅわぁっ、という、心臓まで震わせるような音。
熱々のジャガイモの上で、バターが滑るように溶け出し、純白の塩がその輪郭を鮮やかに引き立てる。立ち上る湯気は、濃厚なミルクのコクと、肥沃な大地の香りを孕み、村人たちの理性を軽々と破壊していった。
「さあ、食べてみてください」
ゴードンが震える手でそれを受け取り、大きな口で思い切りかぶりつく。
「……ッ!!」
ゴードンの目が限界まで見開かれ、筋骨逞しいその体がビクリと震えた。
「なんだ、これは……っ! 俺が今まで食っていたジャガイモは、ただの土の塊だったのか!? この……舌の上で溶けるような滑らかさと、脳まで痺れるような旨味は……っ!」
「おい、俺にもくれ!」「私にもだ!」
ゴードンの叫びを合図に、屋台の前は騒然となった。
「おいしい……っ! お兄ちゃん、これ、毎日食べたいよぉ!」
「ほっ、ほっ……熱い、熱いが……こんなに幸せな味が、この世にあったのかえ……」
少女リサが頬をバターでテカテカにさせながら喜び、老婆マーサが涙を浮かべて「大地の恵み」を噛み締める。
その光景が、俺の視界の中で次々と輝き――ポイントに変わっていく。
【通知:村人たちの深い感謝を検知。……ボーナスポイント +10pt 獲得】
【通知:食の価値観を刷新。……ボーナスポイント +50pt 獲得】
打算じゃない。俺が必死に育てた野菜が、俺が前世の深夜に憧れた「温かい食卓」として、人々の心を満たしていく。その結果としてのポイント。
「……これだ。これなんだよ、俺がやりたかったのは」
---
その祭りの喧騒の中、村の入り口に一台の馬車が停まった。
馬車から降り立ったのは、行商人クラウス。彼は抜け目のない商売人の目を持っていたが、それ以上に「面白いこと」と「美味いもの」には目がなかった。
「……おや? これは、何とも抗いがたい匂いだ。辺境の視察のつもりが、どうやら私の鼻の方が先に商機(えもの)を見つけてしまったようですね」
クラウスは眼鏡を指先で押し上げ、思わずゴクリと喉を鳴らす。商売用の馬車を止めるのも忘れ、彼はふらふらと、香ばしい匂いの中心地――ルークスの屋台へと歩き出した。
「失礼。その、実に芳しい料理を、私にも一つ分けていただけませんか? もちろん、代価はしっかりと支払いますよ」
王都と辺境を繋ぐ運命の男が、じゃがバターの香りに誘われて、ルークスの前に姿を現した。
---
読者の皆様、第百九十一話「黄金の収穫と、禁断の香ばしさ」をお読みいただきありがとうございました!
ルークスが丹精込めた作物自体をポイントに変え、そこからさらなる幸せを産み出す。まさに「最強の農民」の第一歩です。
文字化けのチェックも万全です!
次回、いよいよ行商人クラウスとの運命の商談。そしてあの「奇跡のカスタードプリン」が登場します。
もし「じゃがバター食べたくなった!」「ルークスの成り上がりが楽しみ!」と思ってくださったら、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
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