ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
198 / 278

第百九十六話:密室の甘い香りと、街道の刺客

しおりを挟む

 領都ランドールを出発した馬車は、王都へと続く石畳の街道を滑るように進んでいた。
 車内には、ルークスが『収納魔法』から取り出した上質なスライムレザーのクッションが敷かれ、長旅の振動は最小限に抑えられている。だが、向かいに座るエレナ様の表情は、その物理的な快適さとは裏腹に、石像のように硬く強張っていた。

「……ルークス様、申し訳ありません。貴方までこのような危険な旅に巻き込んでしまって」

 彼女の白磁のような指先が、ドレスの裾を強く握りしめすぎて白くなっている。
 政略結婚の噂、そして見えない敵からの圧力。深窓の令嬢にとって、この煌びやかな馬車での旅は、処刑台への行進にも等しい恐怖なのだろう。窓の外を流れる景色すら、彼女の目には灰色に映っているのかもしれない。

「巻き込まれたんじゃありませんよ。俺が勝手に付いてきたんです。それに……」

 俺は『収納魔法』から、水筒と小さな包みを取り出した。
 昨夜、領都の市場で安く仕入れた干し果実と、村から持参した乾燥ハーブ、そして貴重な精製砂糖(100pt)を少量使って仕込んでおいた「特製フルーツティー」だ。

「少し休憩にしましょう。甘いものは、不安を溶かす一番の特効薬ですから」

 コップに注がれた琥珀色の液体から、ドライフルーツの凝縮された甘酸っぱい香りと、ハーブの爽やかな清涼感が、狭い車内にふわりと広がる。
 エレナ様が驚いたように顔を上げた。

「これは……とても良い香り……。まるで、果樹園の風を閉じ込めたような」

「どうぞ。毒見はフェンが済ませてますから」

(主よ、また私を毒見役扱いするか。……だが、確かに悪くない味だったぞ。砂糖の配分が絶妙だ)

 足元でフェンが尻尾をパタパタと振る。
 エレナ様がおずおずと口をつけると、その瞳が大きく見開かれ、強張っていた頬に血色が戻り、薔薇色に染まった。

「……甘い。でも、しつこくなくて……胸のつかえが、すぅっと消えていくようです」

「良かったです。俺の村では、疲れた時はこうして甘いものを摂るのが鉄則なんですよ。脳に糖分が行けば、悪い想像も止まりますから」

 嘘だ。村にはこんな洒落た飲み物はない。これは前世のカフェ巡りの記憶と、ブラック企業時代に疲れたOLの先輩に差し入れをして「気が利く後輩」として可愛がられた経験のハイブリッドだ。
 だが、効果は覿面(てきめん)だった。エレナ様は小さく息を吐き、カップを両手で包み込むようにして、ようやく年相応の柔らかな微笑みを見せてくれた。

「ルークス様は……魔法使いのようですね。私の不安を、こうして美味しい魔法で消してしまうのですから」

 その言葉に、俺が照れ隠しの軽口を返そうとした、その時だった。

「――グルルッ!!」

 足元のフェンが、かつてないほど鋭い唸り声を上げ、全身の毛を逆立てた。
 愛らしい子犬の瞳が、一瞬だけ黄金色の獣のそれへと変わる。
 同時に、馬車が急ブレーキをかけたような衝撃と共に停止し、外から騎士たちの怒号が響く。

「敵襲! 全周警戒! 数は……多いぞ!」

 俺は窓のカーテンを少しだけ開けた。
 夕暮れの街道。その前方を塞ぐように、異様な集団が群れていた。
 オークだ。それも、通常の倍近い体格をし、目が血走った個体が、十体以上。

(主よ、臭うぞ。獣の臭いじゃない。……焦げた薬草のような、甘ったるくて不快な臭いだ)

 フェンの念話が脳裏に響く。
 野生の魔物じゃない。明らかに何らかの薬物で「興奮状態」にさせられ、意図的にこの場所へ誘導された群れだ。
 王都からの「歓迎の挨拶」というわけか。

「エレナ様、車内でじっとしていてください。フェン、行くぞ」

「ル、ルークス様!? 外は危険です! 貴方は戦う訓練など……!」

「大丈夫です。畑を荒らす害獣駆除は、農民の本職ですから」

 俺はニヤリと笑い、馬車の扉を開けた。

 外では、ギデオン率いる騎士たちが奮戦していたが、オークたちの皮膚は異常に硬化しており、剣が通りにくいようだった。痛みを感じないのか、斬りつけられても止まらずに突進してくる。

「くっ、なんだこいつらは! 斬撃が浅い! まるで岩だ!」

「ギデオンさん、下がってください! まともにやり合っちゃダメだ!」

 俺は『収納魔法』を全開にし、中から数個の布袋を取り出した。
 中身は、村で『唐辛子』の品種改良に失敗してできた、劇薬レベルのカプサイシンを含んだ超激辛乾燥粉末。本来なら廃棄するはずだった「失敗作」だが、ここでは最強の兵器となる。

「フェン! 若体期の力で、風を起こせ!」

「承知した! 主よ、巻き込まれるなよ!」

 フェンが一瞬だけ若体期の一端を解放し、青白い魔力と共に突風を巻き起こす。
 俺はその風に乗せて、袋の中身――唐辛子パウダーをオークの群れの顔面に向けて散布した。

「ブモォォォォォッ!? ガアアアアアッ!?」

 粘膜を焼く激痛に、オークたちが悲鳴を上げ、目と鼻を押さえてのたうち回る。興奮剤で痛みを感じなくなっていても、生物としての反射、呼吸器への刺激までは消せない。咳き込み、涙を流し、統率が完全に崩壊する。

「今だ! 足元を狙え!」

 俺はさらに、追撃として『スライムの粘液(未加工)』が入った樽を『収納魔法』から取り出し、地面にぶち撒けた。
 視界を奪われ、パニックになったオークたちは、ヌルヌルとした粘液に足を取られ、次々と自重で倒れ込み、無防備な肉塊と化した。

「……な、なんだあの戦い方は……。魔法でも、剣技でもない……」

 騎士たちが呆気にとられる中、俺は冷静に指示を飛ばす。

「ギデオンさん、今なら関節の隙間が狙えます! 一気に片付けましょう!」

「は、はいっ! 総員、突撃!! ルークス殿に後れを取るな!」

 混乱し、地面に這いつくばったオークたちを、騎士たちが的確に処理していくのに時間はかからなかった。
 戦闘終了後、俺はオークの死体の一体から、首輪のような革紐に括り付けられた小さな香炉を見つけた。中からは、フェンの言った通り、独特の甘ったるい薬草の臭いが漂っている。

「……やはり、人為的なものか。誘導香の一種だな」

 俺はそれを握り潰し、粉々にして風に飛ばした。
 これで証拠は消えたが、メッセージは受け取った。「引き返せ」、あるいは「ここがお前の墓場だ」という王都からの警告。
 だが、そんな脅しで止まるようなら、そもそも農民なんてやっていない。

 視線を上げる。
 夕暮れの向こう、街道の先に、巨大な城壁のシルエットが黒々と浮かび上がっていた。
 王都エストリア。
 この国の中心であり、腐敗と陰謀、そして無限のポイントが眠る場所。

「ルークス様……」

 馬車から降りてきたエレナ様が、俺の隣に並び、その威容を見つめて震えていた。
 俺は彼女の冷たくなった手を、今度は力強く握り返した。

「行きましょう、エレナ様。あれが俺たちの新しい畑(戦場)です。どんなに荒れていようと、害獣がいようと、俺が必ず、最高の楽園に耕してみせますから」

 エレナ様が俺を見上げ、涙を拭って、強く頷く。
 その瞳には、もう迷いはなかった。

 俺たちは手を繋ぎ、巨大な魔都の門へと、一歩を踏み出した。

---


読者の皆様、第百九十六話「密室の甘い香りと、街道の刺客」をお読みいただきありがとうございました!
王都からの最初の洗礼を、農民の知恵(激辛パウダー)で見事に撃退しました。
エレナ様との甘いひとときと、ルークスの頼もしさ。
この二人の絆があれば、王都の闇も怖くない……はず!?

次回、第百九十七話「魔都の光と影」。
いよいよ王都に入城です。煌びやかな貴族街の裏に潜むスラム、そしてルークスが選ぶ意外な「拠点」とは?
続きが気になる方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆様のクリックが、ルークスの「対・王都用農具」の開発資金になります!
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...