ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
211 / 278

第二百九話:包囲された夕暮れ亭と、薔薇の覚醒

しおりを挟む

 王都の下町に、重苦しい空気が垂れ込めていた。
 アベル王子の屋敷から帰還して数日。
 俺たち『夕暮れ亭』への直接的な攻撃はない。刺客も来ないし、窓ガラスが割られることもない。
 だが、事態はもっと深刻な方向へと進んでいた。

「……クソッ! やってられねぇぞ!」

 早朝、店に飛び込んできたロベルトが、帽子を床に叩きつけた。
 彼の顔は怒りで真っ赤だが、その奥には隠しきれない焦燥が見える。

「どうした、ロベルト。また半グレに絡まれたか?」

「いや、もっとタチが悪い。『衛兵隊』だ。……俺の馬車がすべて押収された」

「押収……だと?」

「『整備不良の疑いがある』だとさ! 車軸にひびが入っている可能性があるから、詳細な検査が終わるまで運行禁止だと言われた。……ふざけんな、俺は毎日整備してる! あんなのただの難癖だ!」

 ロベルトが叫ぶ。
 野菜の輸送手段が絶たれた。これでは、どんなに新鮮な野菜を作っても、貴族街へ届けることができない。

 だが、悪い報告はそれだけではなかった。

「旦那様……資材屋の連中が、荷物を下ろしてくれねぇんです」

 スラムの若者が、泣きそうな顔で駆け込んでくる。

「炭も、砂利も、樽も……。『お前らに売る在庫はない』って。ギルドから圧力がかかってるみたいで……」

 俺は奥歯を噛み締めた。
 炭と砂利がなければ、『物理濾過装置(バイオジオフィルター)』のメンテナンスができない。フィルターが詰まれば、また地下からヘドロが溢れ出し、農園は全滅する。
 ポイントで代用素材を買うことはできるが、それは一時しのぎに過ぎず、俺の資産を確実に削り取っていく。

 直接手を出せば「王室御用達」への反逆になる。だから王子は、俺の「手足」である協力者たちを、法と権力という名の真綿で締め上げているのだ。
 兵糧攻め。
 陰湿だが、これ以上ないほど効果的な一手だ。

---

 そして昼過ぎ。トドメとばかりに「奴ら」が現れた。

「失礼する。王都衛生局と、国税局の者だ」

 店に入ってきたのは、無機質な顔をした役人の集団だった。
 彼らは令状を突きつけ、店の中を荒らし回った。

「厨房の隅に埃があるな。衛生基準法違反の疑いがある」
「帳簿のこの数字……不自然ですね。脱税の疑いがあるため、調査終了まで資産の一部を凍結させていただきます」

「な、なんだと!? 埃なんて毎日掃除してるぞ! 帳簿だってルークスがきっちりつけてる!」

 ゲイルさんが食って掛かるが、役人たちは冷ややかな目で鼻で笑うだけだ。

「異議があるなら、所定の手続きを経て裁判所に申し立てなさい。……もっとも、審理が始まるのは半年後になるでしょうがね」

 営業停止命令こそ出なかったが、彼らは「調査中」という札を店の入り口に貼り付けた。
 これでは客も寄り付かない。
 店には閑古鳥が鳴き、スラムの住人たちは不安そうに俺を見ている。

「……俺のせいだ」

 俺は拳を握りしめた。爪が食い込み、血が滲む。
 俺が王子の誘いを断ったから。俺が「自由」なんてものに固執したせいで、ゲイルさんの店も、ロベルトの商売も、スラムのみんなの生活も……すべてが壊されようとしている。

「ごめん、みんな。俺が……」

 謝罪の言葉を口にしようとした、その時だった。

(……主よ、客だぞ。だが、いつものむさ苦しい連中じゃない)

 足元でフェンが耳を立てた。
 深夜の路地裏。営業停止中の店の扉を、叩く音がした。

---

 扉を開けると、そこに立っていたのは、深くまでフードを被った小柄な人物だった。
 背負っているのは、貴族には似つかわしくない大きな革袋。
 フードの下から現れた顔を見て、俺は息を呑んだ。

「……エレナ、様?」

 そこにいたのは、辺境伯令嬢エレナ・ランドール。
 だが、いつもの煌びやかなドレスではない。動きやすい平民風のチュニックとズボンを身にまとい、その長い髪は……無造作に束ねられていた。
 何より違うのは、その瞳だ。
 かつて俺に守られていた、儚げな少女の瞳ではない。燃えるような決意を宿した、戦士の目をしていた。

「……夜分に申し訳ありません。入れていただけますか?」

 店の中に招き入れると、エレナ様は背負っていた革袋をテーブルに置き、中身をぶちまけた。

 ジャラララッ……!

 店内に、眩い音が響き渡る。
 こぼれ落ちたのは、金貨、宝石、ネックレス、指輪……。
 小さな城なら買えるほどの、莫大な財宝の山だった。

「こ、これは……!?」

「私の私財のすべてですわ。ドレスも、宝石も、母の形見以外はすべて売り払って換金してきました」

「なっ……何をしてるんですか! そんなことしたら、貴族としての立場が……!」

「捨てました」

 エレナ様は、きっぱりと言い放った。

「父には置手紙をしてきました。『アベル王子に嫁ぐくらいなら、勘当されて平民になります』と」

 家出。
 貴族令嬢にとって、それは社会的死を意味する。地位も、名誉も、将来もすべて投げ打つ行為だ。
 彼女はまっすぐに俺を見つめた。

「父から聞きました。アベル王子が、貴方たちの安全と引き換えに、私を差し出せと脅してきたことを。……私が貴方の弱点(ひとじち)になっていることを」

「……ッ」

 知られていたのか。俺が隠していた苦悩を。

「ルークス様。……私は、もう守られるだけの『お人形』ではありません」

 彼女は一歩、俺に近づいた。その頬は紅潮しているが、声は震えていない。

「あの地下水路で貴方に救われた命。そして、このトマトを食べて知った、生きる喜び。……それを、薄汚い権力者のために売り渡すつもりはありません」

 彼女はテーブルの上の「軍資金」と、もう一冊の分厚いノートを俺に差し出した。

「これは資金。そしてこのノートは、私が独自に集めた『貴族街の裏情報』です。どこの貴族が誰と繋がっているか、アベル王子がどの商会から賄賂を受け取っているか……お茶会で集めた噂のすべてが書いてあります」

「エレナ、様……」

「ルークス様。私を、貴方の農園の『共同経営者(パートナー)』にしてくださいますか? ……もう、守られるのはごめんです。貴方の背中を追いかけるのではなく、隣で一緒に戦いたいのです!」

 その言葉は、俺の胸に突き刺さった。
 俺は今まで、彼女を「守るべき対象」としてしか見ていなかった。彼女を蚊帳の外に置き、一人で背負い込もうとしていた。
 だが、彼女は自分の足で立ち、全てを捨ててここまで駆けてきたのだ。

 俺は……なんて傲慢だったんだ。

 俺は深く息を吸い込み、そしてニヤリと笑った。
 不安も、迷いも、すべて吹き飛んでいた。

「……最高だ。あんた、最高のパートナーだよ」

 俺は彼女の手を取り、力強く握り返した。
 その手は、かつてのような冷たい手ではない。熱く、脈打つ、仲間の手だ。

「ロベルト、聞いたか? 資金はある。情報もある」

「へっ、ああ! こんだけの金がありゃ、新しい馬車どころか、傭兵団だって雇えるぜ!」

 ロベルトが口笛を吹く。ゲイルさんも、涙ぐみながら包丁を磨き始めた。

「よし。反撃開始だ」

 俺はテーブルに広げられた地図――王都の全図を指差した。

「王子様が『法』と『権力』で来るなら、こっちは『経済』と『世論』……そして、農民特有の『害虫駆除術』で殴り返す」

 深夜のボロ宿で、最強のレジスタンスが結成された。
 農民、元貴族令嬢、商人、料理人、そして伝説の魔獣。
 持たざる者たちの逆襲が、今ここから始まる。

「フェン、起きろ。……明日の朝刊より早く、王都中に『面白い噂』をばら撒くぞ」

(ふん。ようやく面白い顔になったな、主よ)

 俺たちの目は、もう死んではいない。
 王子の足元を崩す、とっておきの秘策が動き出そうとしていた。

---


読者の皆様、第二百九話「包囲された夕暮れ亭と、薔薇の覚醒」をお読みいただきありがとうございました!
陰湿な兵糧攻めに対し、全てを捨てて駆けつけたエレナ様の覚悟。
守られるヒロインから、共に戦うパートナーへ。
この熱い展開に、胸が震えていただけましたでしょうか?

資金と情報を手に入れたルークスたちの反撃。
次回、第二百十話。
「王都炎上(比喩)! 暴露された王子の闇」。
アベル王子の悪事を白日の下に晒し、経済と世論で包囲網を破ります!
続きが気になる方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、レジスタンスの「活動資金」になります!
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...