212 / 278
第二百十話:王都炎上(比喩)! 暴露された王子の闇と、鍋釜の革命
しおりを挟む深夜の『夕暮れ亭』。
営業停止の札が貼られ、明かりを落とした薄暗い店内で、俺たちはテーブルを囲んでいた。
中央に置かれているのは、エレナ様が持ち出した「黒いノート」。
そして、煌びやかな宝石の山だ。
「……すごいな。これ、爆弾だぞ」
俺はノートのページをめくりながら、思わず口笛を吹いた。
そこには、アベル王子と癒着している商会のリスト、裏帳簿の隠し場所、衛生局長が闇カジノに通っている日時と掛け金、徴税官が愛人に貢いだ公金の額……。
王都の膿(うみ)が、日付入りで詳細に記録されていた。
「お茶会での婦人方の噂話は、情報の宝庫でしたわ。皆様、秘密を共有することで連帯感を深めようとなさいますから」
平民服のエレナ様が、悪戯っぽく微笑む。
以前の彼女なら「人の弱みを探るなんて」と眉をひそめたかもしれない。だが今の彼女の瞳には、戦う者の冷徹な光が宿っている。
「王子本人は、王族という厚い殻に守られています。直接叩いても揉み消されるでしょう。……ですが」
「手足をもぎ取れば、胴体は動けなくなる」
俺はニヤリと笑った。
衛生局、徴税官、資材屋への圧力をかけている商会。奴らは王子の威光を借りているだけの小悪党だ。社会的に抹殺するのは造作もない。
「作戦開始だ。……俺とロベルトは『買収』に走る。エレナ様とスラムのみんなは『噂の流布(パンデミック)』をお願いします」
「承知しましたわ。……ふふ、匿名の手紙を書くなんて、初めての経験です」
「俺たちに任せな! 王都中に『面白い歌』を流行らせてやるよ!」
スラムの子供たちが目を輝かせる。
剣も魔法も使わない。
だが、これは間違いなく「戦争」だ。
---
翌朝。王都に奇妙な風が吹いた。
始まりは、市場の井戸端会議だった。
水を汲みに来た主婦たちの間で、ある噂が囁かれ始めたのだ。
「ねえ、聞いた? 最近、安くて美味しい野菜が消えた理由」
「ええ、衛生局の局長様が、賄賂をくれない店に嫌がらせをしてるんですって?」
「しかもそのお金で、毎晩賭博に興じているとか……」
「許せないわねぇ。私たちの食費を何だと思ってるのかしら」
情報源は、路地裏で遊ぶ子供たちの「手鞠歌」だ。
『♪局長さんは賭けが好き~ 野菜の賄賂で賭けが好き~ 負けても平気さ税金だ~♪』
単純だが耳に残るメロディは、驚異的な感染力(バイラル)を持って王都中に拡散された。
一方、貴族街でも激震が走っていた。
対立派閥の貴族や、ゴシップ好きのサロンに、「差出人不明の封書」が届いたのだ。
中には、汚職の証拠となる日付や場所が具体的に記されていた。
「おい、見たかこれ。衛生局の裏帳簿の写しだぞ」
「アベル殿下の派閥は、ここまで腐敗していたのか……」
「これは好機だ。議会で追求してやろう」
情報のウイルスは、上と下、両方から王都を蝕んでいった。
衛生局長が登庁した時、部下たちの視線は氷のように冷たく、街を歩けば石を投げられるような空気が形成されていた。
「な、なんだ……!? なぜ私のカジノ通いがバレている!? 誰だ、誰が漏らした!」
疑心暗鬼。
組織にとって最も恐ろしい毒が、内部から彼らを崩壊させていく。
---
情報戦と同時に、俺は経済戦を仕掛けた。
場所は、スラムへの資材供給を止めていた卸売業者の倉庫。
「か、帰ってくれ! あんたらに売る在庫はねぇ! ギルドに睨まれたくねぇんだ!」
店主が青い顔で手を振る。
だが、俺は一歩も引かない。懐から、エレナ様の持参金が入った革袋を取り出し、カウンターに叩きつけた。
ドサッ!
重い音と共に、袋の口から金貨が溢れ出す。
「……なっ!?」
「ギルドは、あんたに幾ら払うと言った? ……俺は、その倍払う。即金だ」
俺は金貨の山を指差した。
商人の目が、恐怖から欲望へと揺らぐ。
遠くの権力者の脅しより、目の前の現金。それが商売人の真理だ。
「それに、考えてもみろ。ギルドの幹部や衛生局長は、今ごろ自身のスキャンダルで手一杯だ。……あんたの店まで監視している余裕があるかな?」
「……ッ!」
店主はゴクリと喉を鳴らし、震える手で金貨を掴んだ。
「……へ、へへっ……商売に貴賎はありませんな! 炭でも砂利でも、好きなだけ持っていってくだせぇ! なんなら配達もしやすぜ!」
「交渉成立だ」
金が動けば、物が動く。
止まっていた物流の動脈が、再び脈打ち始めた。
これで農園の維持は可能だ。あとは――仕上げだ。
---
昼過ぎ。
衛生局の庁舎前は、異様な熱気に包まれていた。
集まったのは、数百、いや数千の「主婦」たちだ。
彼女たちの手には、武器の代わりにおたまやフライパン、そして空っぽの鍋が握られている。
ガン! ガン! ガン!
鍋を叩く音が、シュプレヒコールとなって響き渡る。
「野菜を返せ!!」
「賄賂役人は出てこい!!」
「私たちの子供に、美味しいスープを飲ませろ!!」
鍋釜の革命(キッチン・レボリューション)。
食を脅かされた民衆の怒りは、どんな騎士団よりも恐ろしい。
彼女たちは「ルークスを助けたい」わけじゃない。「自分たちの生活を守りたい」のだ。その生存本能に火をつけた俺の勝ちだ。
「ひ、ひぃぃぃッ! 暴動だ! 抑えきれん!」
庁舎の窓から覗いていた衛生局長は、その光景に腰を抜かした。
衛兵たちも、怒り狂う母親や妻たちに剣を向けることはできない。
「き、局長! もう限界です! 『夕暮れ亭』への営業停止命令を撤回してください! さもないと、この建物が壊されます!」
「わ、わかった! 撤回だ! 撤回するから、あの女たちを鎮めろぉぉぉッ!」
白旗が上がった。
その瞬間、広場からワッと歓声が上がった。
---
同時刻。第二王子の屋敷。
アベル王子は、次々と入ってくる敗北の報告に、顔を歪めていた。
「衛生局長が逃亡!? 徴税官が民衆に囲まれて土下座しただと!?」
「は、はい……! 市民の怒りが凄まじく、もはや殿下の名前を出しても効果がありません! 殿下の関与を疑う声も上がっており……」
執事が震えながら報告する。
アベルは、手元のワイングラスを床に叩きつけた。
パリンッ!
「ええい、役立たずどもめ! ……切り捨てろ! 奴らの汚職は個人的なものであり、私は関知していないと発表しろ!」
「は、ハッ! 直ちに!」
トカゲの尻尾切り。
だが、手足を失ったトカゲは、もう這い回ることしかできない。
王子の包囲網は、民衆の熱気によって焼き払われたのだ。
---
夕暮れ時。
営業再開した『夕暮れ亭』は、勝利を祝う人々でごった返していた。
厨房ではゲイルさんが嬉し泣きしながら腕を振るい、フェンは客から差し出された肉を満足げに貪っている。
そして、ホールでは。
「お待たせしました! 再生スープ、三丁ですわ!」
平民服にエプロンをつけたエレナ様が、額に汗を浮かべて走り回っていた。
その顔は、煤(すす)と油で少し汚れている。
だが、俺の目には、どんな夜会での姿よりも美しく見えた。
「……お疲れ様、エレナ。貴族令嬢に配膳なんてさせて、悪いな」
「ふふ、何を仰いますの。……私、こんなに清々しい気分は初めてですわ」
彼女は汗を拭い、輝くような笑顔を見せた。
「自分の手で働き、自分の足で立ち、そして勝った。……これが『生きる』ということですのね」
「ああ。……俺たちの勝利だ」
俺たちはスープで乾杯した。
店内に満ちる熱気と笑顔。これこそが、俺が守りたかったものだ。
だが、俺は知っている。
アベル王子は、まだ終わっていない。
社会的な権力を失った彼が、次に手を伸ばすのは――法も倫理も超えた「禁忌」だ。
---
暗い執務室で、独りになったアベル王子は、狂気を孕んだ目で笑っていた。
彼は壁の隠し扉を開け、地下へと続く階段を降りていく。
「……愚民どもめ。私の慈悲を拒絶し、あまつさえ私を愚弄するか」
辿り着いたのは、異様な魔力が渦巻く祭壇の間。
そこには、古びた壺と、どす黒い水晶が置かれていた。
「もういい。手加減はしない。……表の権力が通じぬなら、闇の力でねじ伏せてやる」
アベルは水晶に手を触れた。
「出でよ、古の捕食者……。我が血肉を糧に、あの農民の全てを喰らい尽くせ」
王都炎上の煙が晴れたその先で、更なる絶望の火種が燻り始めていた。
---
読者の皆様、第二百十話「王都炎上(比喩)! 暴露された王子の闇と、鍋釜の革命」をお読みいただきありがとうございました!
民衆の怒りと現代的な情報戦による、大逆転劇。
おたまを持って戦う主婦たちの強さ、そしてエレナ様の生き生きとした姿。
スカッとしていただけましたでしょうか?
しかし、追い詰められた王子は禁断の手に……。
次回、第二百十一話。
「禁忌の召喚と、王都最大の危機」。
ついに「世界の捕食者」の片鱗が姿を現す!?
続きが気になる方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、ルークスとエレナの「未来」を守る力になります!
20
あなたにおすすめの小説
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした
たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。
だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。
自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。
勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる