ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第二百二十六話:聖域爆破、農家のための破壊工作

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 その光景は、エルフの数千年の歴史において、最も忌むべき、そして最も滑稽な「冒涜」として刻まれることになるだろう。

 俺、ルークス・グルトは、大聖樹の根元――数千年の間、一粒の砂、一葉の落ち葉すら動かすことすら禁じられてきた『絶対聖域』の各所に、無骨な木の樽を設置していた。
 樽の表面には、不気味なドクロマークの代わりに、俺がポイントで指定した、不自然なほど満面の笑みを浮かべるトマトのステッカーが貼られている。だが、その中身は笑顔とは程遠い、世界の理を物理的に書き換えるための凶悪なエネルギーを秘めた代物だ。

「貴様ぁ! 何をしていると言っているのだ! その禍々しい樽を今すぐ撤去しろ! 衛兵、何をしている、その男を今すぐ斬り捨てろ! 聖域の静寂を乱す不浄なる猿を、森の土に還してしまえぇぇぇ!」

 一段高い演壇の上で、大長老ヴァレンが泡を吹かんばかりに絶叫し、血管の浮き出た手で杖を振り回している。その隣に並ぶ長老たちも、一様に顔を真っ白にし、あるいは怒りで赤黒く染め、口々に呪詛を吐き散らしていた。
 彼らにとって、この聖域は「触れてはならない神」そのものだ。そこに、わけのわからない粉末が詰まった樽を並べる俺の行為は、神の顔面に泥を塗りたくるような暴挙に見えているのだろう。

 ヴァレンの号令に従い、聖域を守護する近衛兵たちが、青白い顔をしながらも槍を構えて俺へと殺到した。彼らはエルフの中でも選りすぐりの精鋭であり、その一突きは岩をも砕く。
 だが。

「そこまでだ! 一歩でも動けば、聖域の守護は我ら『聖樹守護騎士団』が引き継ぐ! これは反逆ではない、騎士団としての『正当な防衛』である!」

 鋭く、重厚な抜剣の音。
 白銀の壁が、俺と衛兵たちの間に、一分の隙もなく割り込んだ。
 騎士団長エルウィンだ。彼は二日酔いの名残など微塵も感じさせない峻烈な覇気を全身から放ち、家宝である聖なる長剣を、迷いなく同胞たちへと向けた。

「エルウィン、貴様……! 正気か! 人間と共謀して、我が国の魂たる聖域を破壊するつもりか!」

「正気か、と問われれば、今ほど頭が冴え渡っている時はない! 狂ったのは我らエルフの側だ、大長老! 伝統という名の冷たい鎖で大聖樹様の首を絞め、緩やかな死を見守ることのどこが『守護』だ! 私は……私は昨日、ルークス殿のピザと酒に、……いや、彼の提示した、この絶望を物理的に打ち破る『未来』にすべてを賭けると決めたのだ! 道を開けろ! これは不敬ではない、大聖樹様を窒息から救うための『外科手術』だ!」

 エルウィンの叫びに呼応し、数十名の騎士たちが一斉に盾を鳴らした。その轟音は聖域の空気を震わせ、迷う衛兵たちの足を止めさせる。
 その横では、フィオナが震える手で杖を構え、俺の作業を魔法で阻もうとする長老専属の魔術師たちを、必死の形相で牽制していた。

「……ルークス! 早く、早くしなさい! 私の震えが止まらないうちに、その……『クソ爆弾』とやらを起動させるのよ! これ以上、団長を悪者にさせないで!」

「失礼なことを言うな。これは『特製・高濃度窒素肥料爆弾(アンフォ)』だ。窒素肥料の原料である硝酸アンモニウムを、俺のポイントアイテムで極限まで精製・魔力配合したものだ。爆発の衝撃で、岩盤化した土壌と絡まった根を物理的に解き放つと同時に、粉砕された栄養素をガス状にして、細胞の隅々まで強制的に叩き込む。破壊と追肥を同時にこなす、極めて効率的かつ合理的な工法なんだよ」

 俺は冷徹に、かつてブラック企業のインフラエンジニアとして、数万のサーバー接続を管理していた時のような精密さで導火線を結線していった。
 最後の一樽。それを、大聖樹の根元で最も不自然に肥大し、紫色の毒々しい魔力を放っている「瘤(こぶ)」の直下に据え付けた。
 鑑定眼で見れば、そこには行き場を失った魔力がドロドロとしたヘドロのように滞留し、大聖樹を内側から腐らせ、壊死させようとしているのがはっきりと分かる。
 この「瘤」を物理的に開放しない限り、どんな高価な魔法薬も、どんな祈りも、木の内側までは届かない。

(……待ってろよ、大聖樹。数千年の間、誰も気づかなかった……いや、気づいても触れられなかったその窮屈なコルセットを、今、この俺がぶち壊してやる)

 俺は懐から、ポイント交換した『魔法式遠隔点火装置(農作業用安全設計)』を取り出した。
 この装置のボタン一つに、エルフの国の存亡と、俺のビールサーバーの運命がかかっている。

「フェン、耳を塞いでろよ。鼻もだ」

『心得た。主よ、派手にやってやれ。……伝統を吹っ飛ばすその瞬間を、この目に焼き付けてやろうではないか。たーまやー、というやつだな!』

 フェンが大きな前足で器用に耳を覆い、尻尾を激しく振って期待に目を輝かせる。
 俺は長老たちの罵声と、衛兵たちの怒号、そして騎士たちの覚悟の叫びが渦巻く聖域の中心で、深呼吸を一つ。

 そして、静かにスイッチを押し込んだ。

「――発破(はっぱ)、かけます。……不適切な運用への、是正勧告(爆破)だ」

 刹那。

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 大気を引き裂き、鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい衝撃音が、静謐なる大聖域のすべてを支配した。
 爆風と共に、数千年の間、不動と不可侵の象徴であった「鉄壁の地面」が、巨大な黄金の華となって、天高く舞い上がる。
 衝撃波は聖域の周囲の木々をなぎ倒さんばかりに揺らし、土煙が太陽の光を遮って、辺りを一瞬の黄昏へと変えた。

「あああああ! 聖域が! 我が国の、我らエルフの魂の拠り所が、粉々に砕け散ったぁぁぁ!」
「神罰だ! エルフの歴史は、この不浄な爆炎の中で終わるのだぁぁ!」

 長老たちが、腰を抜かして石畳の上にへたり込み、子供のように泣き叫んでいる。
 だが、爆風の渦中に立つ俺は、確かな「勝利の予感」を感じていた。

 爆風には、黒色火薬の不快な焦げ臭い匂いなど、一塵も混じっていなかった。
 そこに漂っているのは、春の雨上がりの朝のような、清涼で、濃厚な「最高の土」が放つ命の芳香。
 そして、俺のポイント肥料が魔力と激しく反応し、黄金の微粒子となって、霧のように聖域全体を優しく包み込んでいく。

 煙が、ゆっくりと、カーテンが開くように晴れていく。
 長老たちが絶望と憎悪の目で見つめたその先、土煙の向こう側には――。

「……な、なんだ……これは。破壊では……ないのか?」

 エルウィンが、震える声で呆然と呟いた。
 そこには、長老たちが想像したような、抉られた廃墟など存在しなかった。
 岩盤のようにカチカチに固まり、根を窒息させていた地面は、完璧に粉々に粉砕され、俺が持ち込んだ『黄金堆肥』の成分と混ざり合い、見たこともないほど「ふかふか」で、濡れたように黒光りする肥沃な大地へと生まれ変わっていた。

 そして。

 ――ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………。

 それは物理的な振動ではなく、その場にいた全員の魂に、直接染み渡るような「深い安堵の溜息」だった。
 大聖樹が、自らを数千年も締め付け、石化させていた「伝統」という名の鉄の鎖から解放され、その巨大な根の末端に至るまで、数千年ぶりに新鮮な酸素と栄養を吸い込んだのだ。

 その瞬間、目に見える変化が起きた。
 枯れ果て、死を待つばかりだった黄金色の葉が一斉に歓喜の音を立てて震え、内側から、瑞々しくも鮮烈なエメラルドグリーンの輝きを取り戻していく。幹に浮かんでいた不吉な斑点は瞬時に消え去り、傷口からは濁った魔力ではなく、水晶のように透き通った、芳醇な香りを放つ聖なる樹液が、大地の恵みに応えるように溢れ出した。

「……気持ちよさそうだな、大聖樹様も。……数千年ぶりの深呼吸はどうだ?」

 俺は、爆発の余熱を持ったスコップを、戦場帰りの傭兵のように肩に担ぎ直した。そして、驚愕と混乱のあまり、口をパクパクさせて石像のように固まっている長老たちを、冷徹な事務作業員の目で見下ろした。

「破壊じゃない。これは『開墾』、そして『デフラグ(最適化)』だ。……見ての通り、システムは正常に再起動(リブート)した。……さて、大長老さん。これから、この世界最高級のふかふかのベッドに、俺の特製追肥を投入して、最終的な『環境構築』に入るんだが……まだ文句はあるか? あるなら、今度はあんたの足元に、もっとデカいトマトマークの樽を置いて、その凝り固まった脳みそを強制アップデートしてやってもいいんだぞ?」

「ひ、ひぃっ……! い、いや、……滅相もない……。わ、わかった……あんたの好きにしろ……」

 ヴァレンは、もはや長老としての威厳も、神官としての誇りも欠片もなく、ふかふかに耕された土の上にへたり込んだまま、ガタガタと小刻みに震えて首を振った。

 黄金の光の粒子が舞う中、大聖樹が悦びに震え、空を覆う巨大な枝をさらに高く、広く広げていく。
 それは、伝統という名の「停滞」を物理的に爆破し、一人の農家という名の「破壊者」がもたらした、新たなる生命の産声。

「……よし、インフラの基礎工事は完了だ。フェン、フィオナ、エルウィン! 休んでる暇はないぞ。ここからは全エルフを動員して、この土に酸素を揉み込む『天地返し』の始まりだ。……俺の現場で、定時あがりなんて期待するなよ? 収穫までが業務時間だ!」

 俺の不敵な笑い声が、再生の鼓動を刻み始めた聖域の森に、どこまでも図太く、そして頼もしく響き渡った。

---


**【読者へのメッセージ】**
いつもご愛読ありがとうございます!
第二百二十六話、いかがでしたでしょうか?
「神聖な場所を爆破する」という、ファンタジーの禁忌を農家が物理的に踏みにじるカタルシス。
肥料を爆薬に変え、伝統という名のバグを修正するルークスの姿に、日々のストレスを爆散させていただければ幸いです。
大聖樹が「深呼吸」を始めたことで、ようやく手術は成功……に見えますが、ここからは全エルフを巻き込んだ「大土木工事」が始まります。
果たして、高貴なエルフたちは泥にまみれることができるのか?
「ルークスの現場監督っぷりが最高!」「爆発の描写がリアルで痺れた!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!
皆様の声が、ルークスの次なる「収穫」をさらに豪華にします!
次回、第二百二十七話――「全エルフ、泥にまみれて天地返し」。お楽しみに!
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