ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
236 / 278

第二百三十四話:王都震撼、赤提灯の灯る夜

しおりを挟む

 王都の空が茜色から群青色へと変わる逢魔が時(おうまがとき)。
 堅牢な石造りの建物が並び、普段であれば静寂と格式が支配する貴族街の一角――かつて公爵家の広大な薔薇園があった場所に、突如として「異界」が出現した。

 ボゥッ、ボゥッ、ボゥッ……。

 一つ、また一つと灯っていく、数百の赤い光。
 それは、魔法のランプのような冷たい光ではない。和紙(を模した羊皮紙)を通して揺らめく、温かく、妖しく、そしてどこか懐かしい「赤」だ。
 整然とした王都の景観の中に、そこだけ時空が歪んだかのように現れたのは、昭和の幻影を再現した「横丁」。
 狭い路地、軒を連ねる木の屋台、入り口に揺れる藍色の暖簾(のれん)。
 そして、頭上を埋め尽くす「赤提灯」の列。

「……なんだ、あの赤い光は? 祭りか?」
「おい、あの匂いを嗅いでみろ……。肉が焦げる匂いと、甘辛い何かが……」

 仕事帰りの下級官吏、巡回中の騎士、そして馬車で通りかかった貴族たちが、吸い寄せられるように足を止める。
 赤い光には、疲れた大人の魂を無条件に引き寄せる、抗いがたい魔力があった。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今夜は王都の歴史が変わる夜だ! 身分も階級も関係ない、ただ『腹を空かせた者』だけが入れる楽園の開門だ!」

 入り口で、威勢のいい声を張り上げているのは、なんと王都の重鎮、ガルド・フォン・エピキュリア公爵その人だった。
 だが、今の彼はシルクの燕尾服ではない。背中に大きく「祭」と書かれた法被(ハッピ)を羽織り、ねじり鉢巻を締めた、完全に「テキ屋の親父」スタイルだ。

「公爵閣下が……客引きを!? し、しかし、中にある椅子は……ただの木箱(ビールケース)ではないか? あんなものに座れと?」

 貴族たちが困惑するが、その理性はすぐに破壊されることになった。
 横丁の奥から、白い煙と共に「戦略兵器」が放たれたからだ。

 ――ジュワァァァァァッ!!

 炭火の上に落ちた鶏の脂が爆ぜ、一瞬にして昇華し、濃厚な白煙となって通りへと流れ出す。
 そこに含まれているのは、俺、ルークスが調合した「秘伝のタレ(醤油、砂糖、みりん、酒、ニンニク、ショウガ)」が備長炭で焦げる、暴力的なまでに香ばしい匂い。

「ぐぅぅ……っ! なんだこの香りは! 脳が……脳が脂を欲している!」
「ええい、ままよ! 入るぞ! 私の胃袋はもう限界だ!」

 一人が走り出すと、それは雪崩となった。
 人々は赤提灯のトンネルをくぐり、狭いカウンターへと吸い込まれていく。

 ◇

 店内は、すでに熱気と煙の渦だった。
 焼き台の前では、俺が特訓した公爵家の料理人たちが、玉のような汗を流しながら焼き鳥を焼いている。

「へい、お待ち! 『ねぎま』と『皮』、タレで五本!」

 ドンッ、と置かれたのは、串に刺さったままの鶏肉。
 普段、ナイフとフォークで食事をする貴族たちは、一瞬だけ戸惑った。

「こ、これを……この木の棒ごと食べるのか? なんと野蛮な……」

 だが、目の前の肉は、飴色のタレを纏ってツヤツヤと輝き、焦げ目が食欲をそそる芳香を放っている。
 ある老貴族が、意を決して串を掴み、ガブリとかぶりついた。

 ――ムグッ。ジュワッ。

「……!!」

 炭火で焼かれた鶏肉の弾力。噛み締めた瞬間に溢れ出す肉汁と、焦げたタレの香ばしさ。
 そして、間に挟まれたネギの熱々の甘みが、肉の脂っこさを中和する。

「う、美味い……! なんだこれは! 皿の上では決して味わえない、このライブ感! 唇についたタレさえも愛おしい!」
「串から食いちぎるという背徳感が、味を何倍にも高めているぞ!」

 一度タガが外れれば、そこはもう戦場だった。
 「おかわりだ!」「つくねをくれ!」「レバーだ、血の滴るようなレバーを!」
 貴族たちは上品さをかなぐり捨て、口の周りをタレで汚しながら串と格闘する。

 だが、真の革命はここからだ。
 俺は二階のVIP席から合図を送った。

「……そろそろだな。投入しろ、『黄金の聖水』を」

 店員たちが運んできたのは、俺が魔法で開発した『瞬間冷却サーバー』から注がれたばかりの、巨大なガラスジョッキ。
 表面には水滴がびっしりと付き、中には黄金色の液体が満たされ、上部には雪のようにきめ細かい泡(神の泡)が蓋をしている。

「……ビール(エール)か? だが、なぜこんなに冷えている? 酒は常温で飲むものだろう?」

 騎士団の分隊長が、怪訝そうにジョッキを持ち上げる。
 指先に伝わる、痛いほどの冷たさ。
 彼は脂っこい焼き鳥を飲み込んだ後、そのジョッキを煽った。

 ――ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ……!

 喉仏が激しく上下する。
 常温のエールしか知らない彼らの喉を、氷点下直前の冷気が駆け抜け、強めの炭酸がパチパチと心地よい刺激を与える。

 プハァァァァァァァァッ!!

 分隊長が、ジョッキをドンと叩きつけ、天井を仰いで絶叫した。

「くぅぅぅぅぅぅ!! なんだこれはぁぁぁ! 冷たい! 喉が痛い! でも、最高だぁぁぁ!」
「口の中の脂が、炭酸で洗い流されていく! そしてリセットされた舌が、また焼き鳥を求めている!」
「悪魔だ! これは悪魔の無限機関だ!」

 店内中で、「乾杯!」の声とジョッキがぶつかる音が響き渡る。
 そこにはもう、貴族も平民も、騎士も商人もなかった。
 ビールケースに座り、肩を並べ、赤ら顔で笑い合う「酔っ払い」たちがいるだけだ。

 ガヤガヤガヤガヤ……。

 注文を通す声、笑い声、肉が焼ける音。それらが混ざり合い、一つの巨大な「音の壁」となって横丁を包み込む。
 それは、堅苦しい王都が、初めて「ネクタイを緩めた」瞬間だった。

 ◇

 俺は、その喧騒を二階のバルコニーから見下ろしていた。
 隣には、同じく焼き鳥(塩)をかじりながら、あきれ顔のフィオナがいる。

「……信じられない。あの堅物な財務大臣が、ハチマキ巻いた公爵と肩組んで歌ってるわよ。あんた、王都を酒浸りにして滅ぼす気?」

「人聞きが悪いな。これは『ガス抜き』だよ。……見てみろ、みんな笑ってるだろ? 堅苦しいルールや建前を、この煙と一緒に空へ逃がしてやってるんだ」

 俺は、公爵の部下が持ってきた『開店一時間の売上速報値』に目を通し、ニヤリと笑った。
 そこに書かれている数字は、リーフ村の年間予算を軽く超えている。

「……それに、平和だろ? 美味いものを食って、酔っ払ってる人間に、戦争を起こす気力なんて残っちゃいない」

 俺は冷えたビールを一口飲み、眼下に広がる赤提灯の海を見つめた。
 煙に霞む王都の夜。
 その光景は、俺が前世で見たどの夜景よりも、人間臭くて、温かくて、そして「金になる」輝きを放っていた。

「……さて。この街の『夜』は、俺たちが頂いたな」

 俺の呟きは、喧騒の中に溶けていった。
 王都震撼。
 赤提灯の灯る夜は、まだ始まったばかりだ。

---


**【読者へのメッセージ】**
いつもご愛読ありがとうございます!
第二百三十四話、いかがでしたでしょうか?
ついに王都に「赤提灯」が灯りました。
焼き鳥とビール。この最強のコンビネーションに、異世界の人々も陥落です。
ルークスは二階で高みの見物ですが、この「横丁」は単なる飲食店を超え、王都の文化そのものを変えてしまいそうです。
「焼き鳥で一杯やりたい!」「ビールの喉越し最高!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、ルークスのビールの冷え具合を加速させます!
次回、第二百三十五話――「深夜の来客、国王陛下のお忍びラーメン」。お楽しみに!
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...