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第二百五十九話:人魚の涙と、海への招待状。水着回……ですか?
しおりを挟むスライム便に紛れ込んでいた、光る巻き貝。
そこから聞こえてきた悲痛な助けを求める声は、俺の海鮮丼による満腹感を一瞬で吹き飛ばし、代わりに特大の「厄介事」の予感を運んできた。
翌朝。
俺は「食後の運動」という名目で屋敷にやってきたガリウス所長に、その貝殻を見せた。
場所は、いつものリビング。テーブルには、昨日の残りのマグロで作った「マグロカツサンド」が並んでいる。
「ふむ……。これは珍しい。いや、博物館級の代物だぞ」
ガリウス所長は、マグロカツサンドを片手に、もう片方の手で魔導ルーペを持ち、貝殻の表面を舐めるように観察した。
「『人魚の歌貝(セイレーン・シェル)』。古代の文献にのみ記されている、人魚族の王家が使う緊急通信機だ。この表面に刻まれた幾何学模様を見てみろ。これは音声を魔力パルスに変換して封じ込めるための、ロスト・テクノロジーによる術式だ」
「やっぱり、ただの貝殻じゃないんですね」
「ああ。そして、この中から聞こえる声……『深淵(アビス)』という言葉。これはおそらく、海底に封印されし何か、あるいは海洋環境そのものを蝕む大規模な汚染を指している」
ガリウス所長の目が、サンドイッチを食べている時とは思えないほど鋭くなる。
「ルークス君。これは国家レベル……いや、世界レベルの危機の予兆かもしれん。海が死ねば、いずれ陸も死ぬ。王都へ報告し、正式な調査団を派遣すべき案件だ」
やっぱりか。
俺は天を仰いだ。
せっかくポイントが黒字になって、スライム便で美味しい魚が食べられるようになったばかりなのに。
なんで俺の周りには、こうも世界の危機が向こうから全力疾走してくるんだ。
「……報告は任せますけど、俺はパスですよ。絶対にパスです」
俺は断固として首を横に振った。
「海は遠いんです。ここから馬車で飛ばしても一週間。往復で二週間。その間、硬い荷台に揺られ、野宿をし、保存食を齧る生活? 御免ですね。俺はスローライフがしたいんです。ふかふかのベッドで寝て、マリアさんの手料理を食べて、フェンの腹を枕にして昼寝がしたいんです」
「ま、そう言うな。……続きを聞いてみろ」
ガリウス所長が、ニヤリと悪戯っぽく笑って、貝殻に魔力を流した。
すると、昨夜はノイズ混じりだった声が、増幅魔法によって鮮明になって再生された。
『……どうか、地上の勇者様。私の声が届いているなら、助けてください。……もし、私たちの国を救ってくださるなら、王家に伝わる秘宝【海神の涙(アクア・クリスタル)】と、海底農場で育てた【深海昆布】、そして【幻の黄金マグロ】を、お礼として差し上げます……』
ピタリ。
俺の思考が停止した。
時が止まった。
「……黄金マグロ?」
「……深海昆布?」
俺と、背後で紅茶を淹れていたマリアさんの声が重なった。
さらに、足元で寝ていたフェンが、バッと顔を上げた。耳がピンと立っている。
「主よ! 聞いたか!? 黄金だと!? あのただでさえ美味かったマグロが、黄金に輝くというのか!? それはつまり、味も黄金級ということか!?」
フェンの口から、滝のようなヨダレが垂れる。
「マ、マリアさん……深海昆布って……」
「はい、ルークス様! 伝説の食材です! 深海の水圧を受けて育ったその昆布は、一枚で鍋の出汁が劇的に進化すると言われています! あれがあれば、お味噌汁の次元が変わります! 煮物にすれば、大根が神の食べ物になります!」
マリアさんの目が、料理人の本能で燃え上がっている。
そして何より。
【海神の涙(アクア・クリスタル)】。
その響き。間違いなく、換金すれば億単位、ポイント変換すれば……ゴクリ。
俺の脳内で、天秤が激しく揺れ動いた。
『面倒くさい旅』 VS 『伝説の食材&超高額アイテム&世界平和』。
……勝負あった。食欲と物欲の圧勝だ。
「……ガリウスさん」
「なんだね?」
「人助けは、農民の嗜みです。困っている人がいるなら、見捨てるわけにはいきませんね。黄金マグロのため……じゃなくて、世界の平和のために!」
俺はキリッとした顔で即答した。
ガリウス所長は「やれやれ、わかりやすい男だ」と肩をすくめ、残りのサンドイッチを口に放り込んだ。
◇
行くとなれば、準備だ。
今回の目的地は、大陸の南端にある港町、そしてその沖合にあるという人魚の国だ。
普通の馬車では、過酷な旅になる。腰もお尻も爆発するだろう。
だが、今の俺にはポイントがある。1300万ポイントという、潤沢な資金が。
「移動中も快適に過ごせて、悪路も走れて、なんなら海の上も進めるような……そんな都合のいい乗り物は……」
俺は自室に篭もり、ウィンドウを開いて検索をかけた。
条件設定:【居住性重視】【悪路走破】【水陸両用】【自律駆動】。
検索結果が弾き出される。
その中に、俺の心を鷲掴みにする「男のロマン」の結晶があった。
【水陸両用・魔導キャンピングカー(大型・ラグジュアリーモデル)】
レアリティ:UR(ウルトラレア)
価格:800,000pt
説明:
異世界の魔導技術と、現代のキャンピングカーの利便性を融合させた、究極の移動要塞。
・自動運転機能付き(ゴーレムドライバー搭載):目的地を設定すれば、寝ていても着きます。
・空間拡張魔法:外見は大型バスサイズですが、車内は3LDK(100平米)の広さを確保。
・システムキッチン:魔導コンロ、無限水栓、大型冷蔵庫完備。
・全自動風呂:温泉の元を入れれば、旅先でも露天風呂気分。
・タイヤは可変式で、水上ホバー走行および潜水航行が可能。
・外装はアダマンタイトコーティングで、ドラゴンのブレスも防ぎます。
「……買うしかないだろ、これ」
80万ポイント。
日本円にして8000万円クラス。家が建つ。
高い。確かに高い。
だが、冷静に計算してみろ、ルークス。
旅の宿代、馬車のチャーター代、護衛の依頼料、そして何より「移動中のストレス」と「時間の浪費」。
これらを10年単位で考えれば、このキャンピングカーは実質タダ……いや、むしろ黒字なのでは?
それに、これがあれば、いつでもどこでも「自宅(スローライフ)」を持ち運べるのだ。
「ポチッとな」
俺は震える指を抑え込み、迷わず購入ボタンを押した。
ズズズズズ……ンッ!!
屋敷の前の広場に、巨大な魔法陣が出現し、そこから巨大な影がせり上がってきた。
全長12メートル、流線型の銀色の車体。
太陽光を反射して輝くアダマンタイトのボディ。
足元には、岩場も乗り越える巨大な魔導タイヤ。
どう見ても、この中世風の世界にあってはならないオーパーツだ。SF映画から飛び出してきたような威容。
「な、ななな、なんだこれはぁぁぁッ!?」
外に出てきたガリウス所長が、あまりの衝撃に腰を抜かした。
マリアさんは「まあ! ピカピカですわ!」と目を輝かせている。
父さんと母さんは「ルークス、これは新しい納屋か?」とトンチンカンなことを言っている。
「これで行きます。名付けて『移動式スローライフ号』です。これなら、港町まで三日で着くし、疲れもしません」
「き、君という男は……底なしか……。王家の馬車より豪華ではないか……」
ガリウス所長が呆れ果てているが、俺は無視してドアを開けた。
プシューッという音と共に、階段が降りてくる。
中に入ると、そこは高級ホテルのスイートルームだった。
フカフカのソファ、大画面の魔導スクリーン、そして最新式のキッチン。
「完璧だ。これなら、どんな過酷な旅も『グランピング』に早変わりだ」
◇
出発の準備を進めていると、屋敷の中から賑やかな声が聞こえてきた。
「ルークス様! 海に行かれるのですか!?」
「お兄ちゃん! 海! 海だよ! ザバーンって!」
エレナ様と、妹のマキナ、そしてフィオナが、バタバタと駆け寄ってきた。
その手には、なぜか大きな旅行鞄が握られている。もう準備万端だ。
「えっ、あ、はい。ちょっと調査と人助けに……」
「まぁ! 素敵! 私、本物の海を見るのは初めてですわ! 本でしか見たことがなくて……白い砂浜、青い珊瑚礁、憧れておりましたの!」
エレナ様が頬を紅潮させ、乙女の顔でうっとりとしている。
マキナも飛び跳ねている。
「ねえねえ、海ってことは、泳ぐんでしょ? 水着! 水着が必要だよ!」
「みずぎ?」
「そうだよ、フィオナちゃん! 海で遊ぶための、ひらひらした可愛い服!」
「着る! 私、それ着る!」
「そうですね! マリアさん、急いで布を用意して、みんなで水着を作りましょう! 王都の最新ファッション誌に載っていたデザインを参考に……」
「はいはい、任せてくださいな。ルークス様が鼻血を出して倒れちゃうような、可愛いのを作りましょうねぇ」
女性陣が一気に盛り上がり始めた。
俺は慌てて手を振った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今回は遊びに行くんじゃないんです! 『深淵』とかいうヤバイ敵がいるかもしれないんですよ!? 人魚の国が危機なんです!」
「あら、ルークス様。戦うのはルークス様とフェン様でしょう? 私たちは応援と、補給係ですわ」
「そ、そうですけど……」
「それに、せっかく海に行くのに、泳がないなんて嘘です! 浜辺でキャッキャウフフして、冷たいジュースを飲んで、夜はバーベキューをするのが、海のお約束です!」
マキナが謎の知識を披露する。どこで覚えたんだそんな言葉。前世の俺の記憶が漏れ出しているのか?
「で、ですが、危険が……」
「ルークス様」
エレナ様が、俺の手をギュッと握り、真剣な瞳で見つめてきた。
「私、ルークス様のお役に立ちたいんです。それに……ルークス様と一緒に、初めての海を見たいんです。ダメ……ですか?」
上目遣い。潤んだ瞳。
最強の貴族令嬢スキル『おねだり』が発動した。
「……うっ」
俺は言葉に詰まった。
こんな目で見られて、断れる男がいるだろうか。いや、いない。
それに、あのキャンピングカーの防御力なら、正直、屋敷にいるより安全かもしれない。
「……わかりました。連れて行きますよ」
「やったー!」
「ありがとうございます、ルークス様!」
歓声が上がる。
「ただし! 危険な時は絶対に車の外に出ないこと。それと、俺の言うことをちゃんと聞くこと。いいですね?」
「「「はーい!」」」
元気な返事が返ってきた。
彼女たちは「どんな水着にするか」「色は白がいいか、ピンクがいいか」を相談しながら、楽しそうに屋敷へ戻っていく。
その背中は、完全に修学旅行前の女子学生のそれだった。
「主よ、なんだか賑やかだな」
「……ああ。なんか、世界を救う旅じゃなくて、慰安旅行みたいになってきたな」
俺は巨大なキャンピングカーを見上げた。
人魚からのSOS。伝説の黄金マグロ。そして水着のヒロインたち。
要素が多すぎて胃もたれしそうだが、まあ、退屈はしなさそうだ。
「ま、いいか。たまには息抜きも必要だしな」
俺は運転席(コクピット)に乗り込み、魔法キーを回した。
ヒュオンッ!
静かだが力強い魔導エンジンの音が響く。
「よし、行くかフェン。目指すは南の海、アトランティスだ!」
「うむ! 待っていろ、黄金マグロ! 我が胃袋に収めてやる!」
こうして、俺たちの新たな冒険――「人魚族救出作戦(兼、豪華キャンピングカーで行くリゾートツアー)」が、賑やかに幕を開けたのだった。
【読者へのメッセージ】
第二百五十九話、いかがでしたでしょうか。
シリアスなSOSから一転、食欲と物欲、そしてヒロインたちの暴走で、なんだか楽しい旅行の雰囲気になってしまいました。
80万ポイントの「魔導キャンピングカー」。
3LDKで温泉付き、しかも水陸両用。これさえあれば、異世界の過酷な旅も快適なグランピングに早変わりです。
ルークスの「稼いだら使う(そして実質無料理論を展開する)」スタイル、個人的には大好きです。
次回、いよいよ出発!
水陸両用車で爆走する旅路と、待ち受ける海の世界とは?
そして、エレナ様たちの水着姿はお披露目されるのか!?
続きが気になる方は、ぜひブックマークと評価をお願いします!
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