ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第二百六十八話:天空の浮島(スカイ・ガーデン)。低重力農法と、雷の洗礼

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 ズズズズズ……フワリ。

 俺たちの乗る『魔導キャンピングカー(改・飛行型)』は、青い推進剤の粒子(マナ・ダスト)を撒き散らしながら、雲海の上にぽっかりと浮かぶ巨大な緑の大地――『天空の浮島(スカイ・ガーデン)』へと着陸した。

 高度1万メートル。成層圏の入り口。
 窓の外には、突き抜けるような群青色の空と、眼下に広がる純白の雲海だけがある。
 タイヤが地面に触れる感触はなく、まるで分厚い羽毛布団の上に乗ったような、柔らかく、頼りない着地だった。

「到着だ。……ここが、雲の上の世界か」

 俺はサイドブレーキを引き、エンジン(魔導炉)の出力をアイドリング状態に落とした。
 プシュゥゥゥ……。
 気圧調整されたエアーが抜け、サイドドアが開く。
 外の空気が流れ込んでくる。
 ひんやりとしていて、酸素が薄く、どこか電気を帯びたような、肌がピリピリとする刺激的な空気だ。

「さあ、みんな。天空の農場へようこそ」

 俺が先陣を切ってステップを降りる。
 その第一歩を踏み出した瞬間――世界が変わった。

「おっと……!?」

 地面を軽く踏んだだけのつもりが、俺の体はフワリと宙に浮き上がった。
 まるで、背中に風船をつけられたかのような感覚。
 一歩踏み出すたびに、体がバネのように跳ねる。

「うわぁっ! すごーい! お兄ちゃん、見て見て! 私が鳥になったみたい!」

 一番に飛び出したマキナが、歓声を上げた。
 彼女が軽く地面を蹴っただけなのに、その小柄な体はタンポポの綿毛のように、ふわあと3メートル近くも舞い上がったのだ。
 彼女は空中でクルクルと回転し、キャッキャと笑いながらスローモーションで着地する。

「きゃっ! 体が……軽いですわ! ドレスが重く感じません!」
「まるで羽毛になった気分ね! これなら、いくら食べても体重計が怖くないわ!」

 続いて降りたエレナ様とフィオナも、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
 重力が地上の半分以下しかないのだ。
 物理法則が書き換わったかのような浮遊感。

「なるほど、低重力エリアか。……こいつはいい」

 俺は地面の土を掬い上げてみた。
 軽い。驚くほど軽い。
 土そのものの質量は変わらないはずだが、重力が弱いせいで、まるで発泡スチロールを持っているようだ。
 これなら、重たい堆肥や収穫物を運ぶのも楽勝だ。指一本で100キロの米俵が持てるかもしれない。
 腰への負担もゼロ。
 まさに、農作業のためにあるような環境だ。

「お、おおお……っ! 誰か! 誰か私の足を掴んでくれぇぇぇ!」

 背後で情けない悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、ガリウス所長が風に煽られ、風船のように空へ流されそうになっていた。
 装備している魔導ローブが空気を含んで膨らみ、パラシュート代わりになってしまっているらしい。

「ガリウスさん、遊んでないで早く降りてください。まだ何も収穫してませんよ」
「遊んでおらん! 漂流しておるのだ! フェン殿、助けてくれ! 私はこのまま宇宙の塵になりたくない!」
「やれやれ、世話の焼ける老人だ」

 フェンが軽く跳躍し、空中でガリウス所長のローブの裾を口にくわえて、強引に引きずり下ろした。
 フェン自身も、「おお、体が軽いぞ! これなら空も駆けられそうだ!」と、月面を跳ねる宇宙飛行士のように、四肢を使って器用に空中を泳いでいる。

 ◇

 気を取り直して、俺たちは浮島の探索を開始した。
 そこは、巨人が住む庭のようだった。
 足元の草は腰の高さまであり、その一本一本が太く、瑞々しい。
 見上げるような巨大なシダ植物や、ツタが絡まる巨木が、雲を土壌にして根を張っている。
 太陽の光を遮るものは何もなく、植物たちは狂ったように光合成を行い、生命力に満ち溢れている。
 時折、宝石のように輝く巨大な甲虫や、半透明の羽を持つ蝶が横切っていく。

「……あったぞ」

 ジャングルのような草むらを、鍬で薙ぎ払いながら進むこと数分。
 俺は、お目当ての「それ」を発見した。
 開けた場所の中心に、神々しいまでの存在感を放つ植物が群生している。

 【天空トウモロコシ(スカイ・コーン)】。

 高さ5メートルはある巨大な茎。
 その節々に、大人の太ももほどもある巨大な実がなっている。
 緑色の皮の隙間から覗く粒は、太陽の光を吸い込んで、黄金色や虹色に輝く宝石のようだ。
 そのヒゲ一本一本に至るまで、黄金の魔力が流れているのが見える。

「で、でかい……! それに、なんて甘い香りだ……」

 近づくだけで、濃厚な甘い香りが漂ってくる。
 まるで、砂糖を焦がしたキャラメルのような、芳醇な穀物の香り。
 俺はゴクリと喉を鳴らし、吸い寄せられるように手を伸ばした。

 バチチチチッ!!

 その瞬間、トウモロコシの周囲に青白い火花が散った。

「うおっ!?」
「ルークス様、危ない!」

 俺は反射的に手を引っ込めた。指先が少し痺れている。
 どうやらこのトウモロコシ、自分の身(糖分)を守るために、周囲の静電気を集めて微弱な雷の結界を張っているらしい。
 近づく者を拒む、鉄壁の防御だ。

「なるほど……。ただの野菜じゃないな。自分から『食べるな』と主張してくるとは」
「活きがいいですね、ルークス様。野菜というより、魔物に近いかもしれません」
「ああ。雷を帯びるほど生命力が強い証拠だ。つまり、鮮度抜群ってことだ!」

 俺はニヤリと笑い、腰の『真・アダマンタイトの鍬』を抜いた。
 電撃野菜? 上等だ。
 こちとら、物理無効のヘドロを相手にしてきた農民だ。静電気くらいで怯むか。
 俺の鍬には、どんな環境でも耕せる『環境適応』のスキルがついている。

 だが、その時。

 キェェェェェェッ!!!

 頭上から、鼓膜を引き裂くような甲高い鳴き声が響いた。
 雲を割って急降下してきたのは、翼開長10メートルを超える巨大な猛禽類――【サンダー・ホーク】だ。
 その羽根は帯電して青白く光り、鋭い爪は鎌のように曲がっている。
 どうやら、このトウモロコシを狙う俺たちを「餌」か、あるいは「商売敵」と認識したらしい。

「キャァッ! 大きな鳥! こっちに来ますわ!」
「主よ、面倒なのが来たぞ! 空の狩人だ!」

 サンダー・ホークが、俺たち目掛けて稲妻のような急降下キックを仕掛けてくる。
 その速度は、地上の鷹の比ではない。

「チッ……。害獣駆除か。空だろうがやることは変わらん!」

 俺は地面を強く踏み込んだ。

 ダンッ!

 低重力が、俺の背中を押す。
 たった一歩の踏み込みで、俺の体はロケットのように10メートル上空へ跳ね上がった。
 体が軽い。風になったようだ。

「なっ……!?」

 サンダー・ホークが、自分より高く跳んだ「獲物」を見て目を丸くする。
 空中戦なら鳥が有利?
 甘いな。ここは低重力エリア。
 俺にとっては、立体機動が可能な「三次元の畑」だ。

「そこだぁぁぁッ!!」

 俺は空中で体を捻り、鍬をフルスイングした。
 地上の重力に縛られない分、回転速度が増す。

 ガゴォォォォンッ!!

 鍬の平らな部分(峰打ち)が、サンダー・ホークの脳天を正確に捉える。
 これは攻撃ではない。「しつけ」だ。

「キ、キュウゥゥ……」

 哀れな巨大鷹は、白目を剥いてきりもみ回転しながら墜落していった。
 俺は空中で姿勢制御を行い、ふわりと着地した。
 10点満点の着地だ。

「害鳥駆除完了。……さて、次はお前だ」

 俺は再びトウモロコシに向き直った。
 バチバチと威嚇するように放電しているが、もう遅い。
 邪魔者は消えた。

「『絶縁(ラバー)・グリップ』!!」

 俺は鍬の柄に土属性魔力を流し、即席の絶縁コーティングを施すと、実の根元に刃を引っかけた。

 ズバンッ!

 一撃。
 電撃ごと茎を断ち切り、巨大なトウモロコシが俺の手に落ちてきた。
 ずっしりと重い。そして温かい。
 皮の上からでもわかる、実の張り。今にも弾けそうな生命力。

「獲ったどーっ!!」

 ◇

 数分後。
 俺たちはその場で焚き火を囲んでいた。
 空気(酸素)が薄いため、マキナの風魔法で空気を送り込みながら火を熾す。
 網の上に乗せられた天空トウモロコシが、パチパチと音を立てて焼けていく。
 皮を剥くと、中から真珠のような乳白色の粒が現れた。

 そして、ここであの「秘宝」の出番だ。

「マリアさん、例のアレを!」
「はい、ルークス様! 人魚の国特製、『深海熟成醤油』です!」

 俺はアイテムボックスから取り出した刷毛(はけ)に、ドロリとした濃厚な醤油をたっぷりと含ませ、熱々に焼けたトウモロコシに塗りたくった。

 ジュウゥゥゥゥッ……!!

 その瞬間。
 爆発的な香りが、天空の澄んだ空気に広がった。
 トウモロコシの甘い香りと、醤油の焦げる香ばしい匂い。
 大豆の発酵臭が熱で活性化し、穀物の甘みと絡み合う。
 この世で最も食欲をそそる、最強のタッグだ。
 成層圏まで届け、この匂い。

「こ、この匂いは……暴力ですわ! お腹が鳴ってしまいます!」
「早く! 早く食べるぞ主よ! 我慢の限界だ!」

 全員が涎を垂らして身を乗り出す。
 ガリウス所長に至っては、眼鏡が曇っているのも気にせず凝視している。
 俺はナイフで切り分け、みんなに配った。

「熱いから気をつけろよ。……いただきます!」

 全員で、熱々のトウモロコシにかぶりつく。

 ガブリ。

 シャクッ! ジュワワッ!

 甘い。
 信じられないほど甘い。
 粒の皮が弾けた瞬間、中から熱々のコーンジュースが、噴水のように溢れ出してくる。
 それは砂糖水よりも甘く、それでいてフルーツのように爽やかだ。
 噛むたびにシャキシャキと小気味良い音が脳に響く。

 そこに、焦がし醤油の塩気と香ばしさが追いかけてくる。
 甘みと塩気。
 瑞々しさと香ばしさ。
 対極にある味が口の中で混ざり合い、味覚のジェットコースターが走り出す。
 時折、トウモロコシに残った微弱な電気が、舌をピリリと刺激し、それがまたアクセントになって次の一口を誘う。

「んんん~ッ!! 美味しいぃぃぃ!」
「口の中で弾ける! これが空の味か! 太陽の味がする!」
「醤油! やはり醤油は偉大じゃ! この焦げた部分だけで酒が飲める!」

 ガリウス所長もフェンも、夢中でかぶりついている。
 口の周りを醤油だらけにして、子供のように笑っている。
 俺も無言で一本を食べきり、指についたタレまで舐め取った。
 うまい。ただひたすらに、うまい。

「ふぅ……。前菜としては上出来だな」

 俺が満足げに息を吐き、芯を放り投げた、その時だった。

 ザァァァァァッ……。

 突然、周囲が暗くなった。
 雲が出てきたわけではない。
 何か、とてつもなく巨大な影が、俺たちの上空を覆ったのだ。
 空気がビリビリと震え、肌が粟立つほどのプレッシャーが降りてくる。

「……なんだ?」

 俺たちが見上げると、遥か上空。
 巨大な豆の木が雲を突き抜けた先にある、巨大な積乱雲のような「巣」。
 そこに、黄金の雷を全身に纏った、神々しいまでの巨鳥が鎮座し、こちらを見下ろしていた。

 伝説の幻獣――天空の守護者【雷鳥(サンダーバード)】。

 その翼開長は50メートルを超えているだろう。
 眼光は鋭く、王者の威厳に満ちている。
 先ほどのサンダー・ホークがハエに見えるほどの威圧感だ。

 だが、俺の目には、その足元にある「光る物体」しか入っていなかった。

「……あそこか」

 巣の中に、微かに見える黄金色の球体。
 殻を割るとバチバチと音が鳴り、中身はカスタードクリームのような黄身を持つという、究極の卵。

「デザートの卵は、あそこにあるみたいだな」

 俺はニヤリと笑い、再び鍬を握りしめた。
 相手は空の王者? 神話級の幻獣?
 関係ない。
 俺にとっては、卵を守っている「親鶏」に過ぎない。

 低重力ジャンプと、空飛ぶキャンピングカーがあれば、あの高さも射程圏内だ。
 天空のフルコースは、まだ始まったばかりだ。

「行くぞ、フェン。次はオムレツだ」
「うむ! 卵泥棒……いや、卵の収穫だな!」

 俺たちは大地を蹴り、さらなる高みへと飛翔した。

【読者へのメッセージ】
第二百六十八話、いかがでしたでしょうか。
ついに天空の浮島での冒険が始まりました!
体がふわふわ浮く低重力の世界でのコミカルな動き、そして電気を帯びて襲ってくる野菜とのバトル。
空の上でも、ルークスの「農作業」は健在です。
そして、お待ちかねの飯テロ「焼きトウモロコシ」。
焦がし醤油の香りと、弾けるコーンの甘み……書いていて本当にお腹が空きました。
次回、いよいよ天空の主「雷鳥」の巣へ!
とろける卵を手に入れるため、空前絶後の空中戦が幕を開けます。
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