異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

文字の大きさ
85 / 293

第22話 王都の料理長と、魂を温めるポトフ (22-1)

しおりを挟む

王都への旅路は、数週間に及んだ。
街の皆が握ってくれた、不格好で、しかし世界で一番温かいおにぎりを、一日一つずつ、大切に食べながら、俺とモグモグを乗せた馬車は、ついに王国の心臓部へとたどり着いた。

そこは、俺が暮らしてきた港町とは、何もかもが違う世界だった。
天を突くようにそびえ立つ白亜の城。整然と区画された石畳の道。行き交う人々は、皆、上等な絹の服に身を包み、その表情はどこかすましていて、冷たい。
活気はある。だが、あの港町にあったような、人と人との温かい繋がりは、ここには希薄なように感じられた。

俺たちが案内されたのは、第八話で登場した『美食の女王』エレオノーラ・フォン・クライスハルトの、壮麗な屋敷だった。
大理石の床、天井には水晶のシャンデリア。壁には、高価そうな絵画がずらりと並んでいる。

「ようこそ、日向耕介。長旅、ご苦労だったわね」

出迎えてくれたエレオノーラは、以前会った時のような氷の仮面ではなく、どこか楽しそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「あなたの部屋も、厨房も、自由に使ってくれて構わないわ。ただし…」

彼女は、そう言うと、厨房の方へと視線を向けた。
「この屋敷の厨房には、少しだけ、気難しい主がいるの。まずは、彼に、あなたの力を認めさせるところから、始めてもらうわよ」

彼女が言う「主」とは、この屋敷の厨房を、何十年もの間、支配してきた老料理長、バスティアンのことだった。
彼は、王国有数の料理人として、その名を知られた偉大な人物。だが、俺が厨房に足を踏み入れた瞬間、突き刺さるような冷たい視線で、俺を値踏みしてきた。

「……あなたが、あの田舎町で、少しばかり名を馳せたという、日向耕介か。ふん、思ったよりも、貧相な身なりをしている」
バスティアンは、その節くれだった、しかし力強い腕を組み、俺を睨みつけた。
「エレオノーラ様が、何を血迷われたのかは知らんが、ここは、お前のような素人が、ままごとをする場所ではない。勘違いするな」

彼の瞳には、俺に対する明確な敵意と、そして、その奥に、深く、暗い疲労の色が宿っているのを、俺は見逃さなかった。
彼の周りの若い料理人たちも、皆、師であるバスティアンを恐れ、厨房は、まるで氷のように張り詰めた空気に支配されていた。

その夜、俺は、厨房の隅で、スタッフ用のまかないを食べていた。
テーブルに並べられたのは、パンと、冷たいスープだけ。
ふと見ると、バスティアンが、一人、厨房の奥の自室で、同じものを、ただ無言で口に運んでいた。
彼の作る料理は、技術的には完璧だった。昼間に見た、貴族たちに提供される料理は、どれも宝石のように美しく、寸分の隙もなかった。
だが、そこに、「心」が感じられなかった。
彼は、長年、貴族たちの無理難題に応え続ける中で、いつしか、料理を作ることへの純粋な喜びを、見失ってしまっていたのだ。

(……燃え尽きて、いるのか)

俺は、決めた。
彼と、料理で対決するつもりはない。
ただ、思い出させてあげるだけだ。彼が、料理人という道を歩み始めた、あの日の、最初の情熱を。

俺は、豪華な食材が並ぶ食糧庫には目もくれず、厨房の片隅に、打ち捨てられるように置かれていた、ありふれた食材だけを手に取った。
ニンジン、玉ねぎ、カブ、そして、骨付きの鶏肉。
それらを、ただ、一つの大きな鍋に入れる。
俺が、この冷たい厨房で、最初に作るべき料理は、決まっていた。

---
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

処理中です...