異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第22話 王都の料理長と、魂を温めるポトフ (22-1)

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王都への旅路は、数週間に及んだ。
街の皆が握ってくれた、不格好で、しかし世界で一番温かいおにぎりを、一日一つずつ、大切に食べながら、俺とモグモグを乗せた馬車は、ついに王国の心臓部へとたどり着いた。

そこは、俺が暮らしてきた港町とは、何もかもが違う世界だった。
天を突くようにそびえ立つ白亜の城。整然と区画された石畳の道。行き交う人々は、皆、上等な絹の服に身を包み、その表情はどこかすましていて、冷たい。
活気はある。だが、あの港町にあったような、人と人との温かい繋がりは、ここには希薄なように感じられた。

俺たちが案内されたのは、第八話で登場した『美食の女王』エレオノーラ・フォン・クライスハルトの、壮麗な屋敷だった。
大理石の床、天井には水晶のシャンデリア。壁には、高価そうな絵画がずらりと並んでいる。

「ようこそ、日向耕介。長旅、ご苦労だったわね」

出迎えてくれたエレオノーラは、以前会った時のような氷の仮面ではなく、どこか楽しそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「あなたの部屋も、厨房も、自由に使ってくれて構わないわ。ただし…」

彼女は、そう言うと、厨房の方へと視線を向けた。
「この屋敷の厨房には、少しだけ、気難しい主がいるの。まずは、彼に、あなたの力を認めさせるところから、始めてもらうわよ」

彼女が言う「主」とは、この屋敷の厨房を、何十年もの間、支配してきた老料理長、バスティアンのことだった。
彼は、王国有数の料理人として、その名を知られた偉大な人物。だが、俺が厨房に足を踏み入れた瞬間、突き刺さるような冷たい視線で、俺を値踏みしてきた。

「……あなたが、あの田舎町で、少しばかり名を馳せたという、日向耕介か。ふん、思ったよりも、貧相な身なりをしている」
バスティアンは、その節くれだった、しかし力強い腕を組み、俺を睨みつけた。
「エレオノーラ様が、何を血迷われたのかは知らんが、ここは、お前のような素人が、ままごとをする場所ではない。勘違いするな」

彼の瞳には、俺に対する明確な敵意と、そして、その奥に、深く、暗い疲労の色が宿っているのを、俺は見逃さなかった。
彼の周りの若い料理人たちも、皆、師であるバスティアンを恐れ、厨房は、まるで氷のように張り詰めた空気に支配されていた。

その夜、俺は、厨房の隅で、スタッフ用のまかないを食べていた。
テーブルに並べられたのは、パンと、冷たいスープだけ。
ふと見ると、バスティアンが、一人、厨房の奥の自室で、同じものを、ただ無言で口に運んでいた。
彼の作る料理は、技術的には完璧だった。昼間に見た、貴族たちに提供される料理は、どれも宝石のように美しく、寸分の隙もなかった。
だが、そこに、「心」が感じられなかった。
彼は、長年、貴族たちの無理難題に応え続ける中で、いつしか、料理を作ることへの純粋な喜びを、見失ってしまっていたのだ。

(……燃え尽きて、いるのか)

俺は、決めた。
彼と、料理で対決するつもりはない。
ただ、思い出させてあげるだけだ。彼が、料理人という道を歩み始めた、あの日の、最初の情熱を。

俺は、豪華な食材が並ぶ食糧庫には目もくれず、厨房の片隅に、打ち捨てられるように置かれていた、ありふれた食材だけを手に取った。
ニンジン、玉ねぎ、カブ、そして、骨付きの鶏肉。
それらを、ただ、一つの大きな鍋に入れる。
俺が、この冷たい厨房で、最初に作るべき料理は、決まっていた。

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