異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第22話 王都の料理長と、魂を温めるポトフ (22-2)

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翌日の昼下がり。
俺は、厨房の隅にある、一番小さなコンロを借りて、大きな鍋を火にかけていた。
中に入っているのは、昨日選んだ、ありふれた野菜と、骨付きの鶏肉だけ。
ただ、ひたすらに、コトコトと、静かな音を立てて煮込んでいる。

「……おい、田舎者。何をしている」

背後から、バスティアンの、苛立ちを含んだ声がした。
俺が作る料理を、彼は、ずっと監視していたのだ。

「見ての通りですよ、バスティアン様。まかないの、スープを作っているだけです」
「スープだと? 馬鹿を言え。それは、ただの煮込み汁だ。出汁も取らず、アクも引かず、ただ具材を放り込んだだけの、素人の戯言。そんなものを、料理と呼ぶな」

彼の言葉に、周りにいた若い料理人たちも、くすくすと嘲笑の声を漏らす。
俺は、静かに、彼らに向き直った。

「皆さん。今、俺が作っている『ポトフ』という料理の、本当の意味を、知っていますか?」
俺は、鍋をかき混ぜながら、ゆっくりと語り始めた。
「ポトフ(Pot-au-feu)っていうのはね、俺の故郷の言葉で、ただ**『火にかけた鍋』**っていうだけの、すごくシンプルな名前なんだ。王侯貴族のために生まれた、あなた方が作るような、華美な料理じゃない。寒い冬の日に、**家族が暖炉を囲んで、一つの鍋を皆で分け合って食べる。そんな、温かい家庭の食卓から生まれた、全てのフランス料理の『原点』**とも言える、魂の料理なんですよ」

俺の言葉に、若い料理人たちの嘲笑が、ぴたりと止まった。
バスティアンも、眉をひそめながら、黙って俺の言葉に耳を傾けている。

「あなた方の料理は、完璧な『足し算』の料理だ。最高の食材に、最高の技術を、次々と重ねていく。でも、ポトフは違う。最高の**『引き算』**の料理なんだ。余計な飾り付けは、何一つしない。ただ、**素材が持つ本来の力を信じて、その声を聞き、最高の形で、その旨味を、一滴残らず引き出してあげる**。料理人の仕事は、本来、それだけでいいんだって、この料理は教えてくれるんです」

俺の言葉に、厨房は、静寂に包まれた。
だが、完璧なポトフを作るには、まだ、何かが足りなかった。
この厨房にある食材は、どれも最高級だ。だが、どこか、作り手であるバスティアンの心と同じように、「心が疲れて」いる気がした。

「きゅいん!」

ちょうどその時、厨房の裏口から、モグモグが誇らしげに帰ってきた。
その口には、見たこともない、ゴツゴツとした、しかし、どこか温かいオーラを放つ、不思議な根菜が咥えられている。

「モグモグ、それは……!」
伝説に聞く、幻の根菜**『心根(こころね)』**。
この根菜には、一緒に煮込んだ食材の、失われた本来の生命力を呼び覚まし、作り手の「想い」を、味に何倍にも増幅させる力が宿っているという。

「……ははっ。最高の相棒が、最高の『魂』を処方してくれたみたいだな」
俺は、その根菜の皮を丁寧に剥き、そっと、鍋の中へと加えた。

その瞬間。
ただの煮込み料理だった鍋から、立ち上る湯気の香りが、一変した。
野菜の甘い香りと、鶏のコクのある香りが、何倍にも、何十倍にも膨れ上がり、厨房の隅々まで、まるで温かい毛布のように、優しく満たしていく。
それは、もはや単なる料理の香りではなかった。
遠い昔、誰もが一度は経験したはずの、懐かしくて、温かい、食卓の記憶そのものの香りだった。

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