異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第22話 王都の料理長と、魂を温めるポトフ (22-3)

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夕食の時間。
俺は、出来立てのポトフを、深皿に盛り付け、厨房で働く全てのスタッフの前に、そっと置いた。
「さあ、皆さん、まかないです。熱いうちに、どうぞ」

若い料理人たちは、戸惑っていた。
目の前にあるのは、ただ、大きな野菜と肉が、ごろごろと入っているだけの、飾り気のないスープ。
だが、その香りだけは、これまで自分たちが作ってきた、どんな高価なコンソメよりも、深く、そして、心を揺さぶるものだった。

最初にスプーンを手に取ったのは、一番若い見習い料理人だった。
彼は、恐る恐る、スープを一口、口に運んだ。

その刹那。
彼の目から、ぽろり、と、涙がこぼれ落ちた。

「……おいしい……」
絞り出すような、声。
「……なんだろう、この味……。母さんが、昔、作ってくれた、あのスープの味がする……」

その一言を皮切りに、他の料理人たちも、次々とポトフを口に運び始めた。
そして、誰もが、同じように、言葉を失った。

それは、レストランの味ではない。
だが、誰もが、心の奥底で、ずっと求めていた味だった。
疲れた体に、じんわりと染み渡る、野菜の優しい甘み。
ほろりと骨から外れるほど、柔らかく煮込まれた鶏肉の、深いコク。
そして、それら全てをまとめ上げる、黄金色のスープ。一口飲むごとに、忘れかけていた、料理人としての、最初の情熱が、腹の底から、むくむくと湧き上がってくる。

厨房の隅で、その光景を、バスティアンが、腕を組んだまま、静かに見つめていた。
俺は、彼のためにも、一杯のポトフを、用意していた。

「……バスティアン様も、いかがですか」
「……ふん。わしが、そんな素人の煮込み汁を、口にすると思うか」

彼は、そう吐き捨てた。
だが、その鼻は、ぴくりと動き、その視線は、皿から立ち上る湯気に、釘付けになっている。
俺は、何も言わずに、彼の前に、その一皿を置くと、自分の持ち場へと戻った。

どれくらいの時間が、経っただろうか。
厨房の片付けを終え、俺が部屋に戻ろうとした時。
誰もいなくなったはずの厨房で、一人、静かに、あのポトフを食べる、バスティアンの後ろ姿があった。

その大きな背中は、少しだけ、震えているように見えた。
彼は、決して、俺の方を振り返ろうとはしなかった。

だが、翌朝。
俺が厨房に立つと、バスティアンが、俺の前に、一杯のコーヒーを、無言で差し出した。
それは、彼が、自らの手で淹れた、完璧な一杯だった。

「……悪くなかった」
彼は、ぽつりと、それだけを言うと、自分の持ち場へと戻っていった。

その横顔には、昨日までの、氷のような険しさは、もうなかった。
ほんの少しだけ、疲労の取れた、一人の「料理人」の顔が、そこにはあった。

俺たちの間に、言葉はなかった。
だが、一杯のポトフと、一杯のコーヒーが、確かに、二人の料理人の魂を、静かに繋いだのだ。
王都での、俺の本当の物語は、この、温かい一杯のスープから、始まろうとしていた。
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