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第23話 氷の国の使者と、心を包む水餃子 (23-3)
しおりを挟む晩餐会のテーブルから、バスティアンの華麗なデザートが、静かに下げられていく。
ニヴルヘイムの使節団のリーダー、ヴァルガード将軍の表情は、最後まで、変わることはなかった。会談は、決裂寸前。食堂の空気は、もはや葬儀のように、重く、冷え切っていた。
そこへ、俺は、出来立ての水餃子を、湯気の立つ、大きな鉢に入れて運んでいった。
ナイフも、フォークも、ない。
ただ、小さな取り皿と、レンゲだけを、彼らの前に、そっと置く。
「……なんだ、これは」
ヴァルガード将軍が、訝しげな顔で、鉢の中の、素朴な料理を見つめた。
「『水餃子』と申します。どうぞ、温かいうちに。タレは、二種類ご用意いたしました。我々の国の、醤油ベースのものと、あなた方の国でよく食されると伺った、サワークリームに似た、酸味のあるクリームソースです」
俺の言葉に、将軍の眉が、ほんのわずかに動いた。
彼は、何も言わずに、レンゲで、水餃子を一つ、すくい上げた。
そして、その、何の変哲もない、白い塊を、口に運んだ。
その刹那。
氷の仮面のように、一切の表情を失っていた、ヴァルガード将軍の顔が、初めて、動いた。
目が見開かれ、その瞳が、激しく、揺れる。
(……なんだ、この味は……)
もちもちとした皮の、優しい食感。
噛みしめると、中から溢れ出す、温かい肉汁の洪水。
豚肉のコク、キャベツの甘み。
そして……そして、その奥に、確かに感じる、この、懐かしい香り。
(……ああ、そうだ。この香りは……。母上が、冬の日に、作ってくれた、あの……)
彼の脳裏に、忘れていたはずの光景が、鮮やかに蘇る。
まだ彼が、ただの少年だった頃。
厳しい冬の夜、凍える体で家に帰ると、暖炉の前で、母が、この『氷晶茸』の入った、温かい団子スープを作って、待っていてくれた。
あの頃の、幸せな食卓の記憶。
「……っ」
ヴァルガード将軍の、厳しく引き結ばれた口元が、わずかに、震え始めた。
そして、その目から、一筋の、温かい涙が、静かに、頬を伝った。
「……うまい……」
ぽつりと、彼が呟いた言葉は、食堂の静寂に、大きく響き渡った。
彼は、もう、外交官の仮面など、被ってはいなかった。
ただ、故郷の味に再会できた、一人の男として、子供のように、夢中で、水餃子を口に運び続ける。
その姿を見て、他の使節団のメンバーも、そして、エレオノーラや、こちらの貴族たちも、次々と、水餃子を口に運び始めた。
そして、皆が、同じように、驚き、そして、穏やかな笑顔になっていく。
「日向殿。この餡に、我々が持ってきた、あのキノコを……?」
ヴァルガード将軍が、涙を拭いながら、俺に尋ねた。
「はい。あなた方の、素晴らしい故郷の味への、我々からの、最大限の敬意です」
俺の言葉に、将軍は、深々と、頭を下げた。
「……我々の、負けだ。これほどの、心遣いと、敬意に満ちたもてなしを受けた以上、我々も、非礼な態度は、続けられん」
その夜、両国の会談は、驚くほど、穏やかに進んだという。
氷のように冷え切っていた彼らの心は、たった一皿の、温かい家庭料理によって、見事に、溶かされてしまったのだ。
厨房の入り口で、その光景を、バスティアンが、静かに見つめていた。
その顔には、敗北感ではない。
一人の料理人として、料理が持つ、本当の「魔法」を目の当たりにした、畏敬の念と、そして、純粋な感動の色が、浮かんでいた。
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