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第26話 王都からの旅立ちと、握り寿司に込めた約束 (26-3)
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俺は、握りたての一貫を、まず、エレオノーラの前の、黒い石の皿に、そっと置いた。
彼女は、その、あまりにもシンプルで、しかし、完璧なまでに美しい造形を、しばらく、うっとりと眺めていた。
そして、指先で、そっとつまみ上げ、一口で、口へと運んだ。
その刹那。
『美食の女王』の、あの氷の仮面が、再び、蕩けるように、緩んだ。
「……っ!?」
口の中に広がるのは、衝撃。
シャリの、一粒一粒が、はらりと解ける、完璧な食感。米の甘みと、酢の酸味の、絶妙な調和。
そして、ネタである『銀河鯉』。川魚とは思えぬ、濃厚な旨味と、上品な脂が、舌の上で、とろけていく。
「……美味しい……」
彼女が、心の底から絞り出した一言。それは、第八話の夜とは、また違う、純粋な、食への喜びに満ちた響きを持っていた。
次に、テオドア王子へ。
彼は、生まれて初めて見るその料理に、少し戸惑いながらも、俺を信じるように、一口で、頬張った。
そして、その瞳を、大きく、大きく、見開いた。
彼の口の中に広がったのは、味だけではない。
俺の、手のひらから伝わってきた、「大丈夫だよ」「元気でね」という、温かい「想い」そのものだった。
最後に、バスティアンへ。
彼は、何も言わなかった。
ただ、その一貫を、ゆっくりと、ゆっくりと、噛みしめ、そして、静かに、目を閉じた。
その目尻に、一筋、光るものが見えたのを、俺は見逃さなかった。
俺は、その後も、銀河鯉の、部位の違う場所を、ヅケにしたり、皮目を炙ったりと、趣向を変えながら、三人に、寿司を握り続けた。
そこに、言葉はなかった。
ただ、一貫の寿司を通して、俺たちの魂は、確かに、対話をしていた。
やがて、全てのネタが尽きた時。
エレオノーラが、静かに、口を開いた。
「……日向耕介。約束通り、あなたは、いつでも、私の城に来なさい。最高の食材と、最高の客が、あなたの帰りを、いつでも待っているわ」
「日向さん」
テオドア王子が、続けた。
「いつか、必ず、あなたのいる、あの港町へ、行ってもいいですか? あなたが、本当に守りたかった、あの温かい食卓を、この目で、見てみたいのです」
そして、最後に、バスティアンが、俺の前に進み出て、深々と、頭を下げた。
「……師よ。あなたの旅路に、幸多からんことを」
俺は、もう、涙を堪えることができなかった。
翌朝。
王都を旅立つ俺の荷物の中には、国王からの褒美ではなく、三人の友と交わした、温かい約束だけが、大切にしまわれていた。
さあ、帰ろう。
俺の帰りを待つ、愛しい家族の元へ。
日向耕介の、王都での物語は、ここで、一度、幕を閉じる。
だが、それは、終わりではない。
新しい絆を胸に、さらに大きな物語を紡ぐための、ほんの始まりに過ぎなかった。
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