異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

文字の大きさ
109 / 293

第28話 嵐の夜の百人前と、竜窯(りゅうがま)のピッツァ (28-1)

しおりを挟む

カステラの優しい甘さが、街の人々の心を癒した数日後のこと。
港町は、記録的な大嵐に見舞われていた。
空は墨を流したように暗く、海は牙を剥いた獣のように荒れ狂い、人々は家に閉じこもり、ただ嵐が過ぎ去るのを祈るしかなかった。

そんな、夜。
『木漏れ日の食卓亭』の分厚い扉が、まるで破壊されるかのように、激しく叩かれた。
俺が慌てて扉を開けると、そこには、ずぶ濡れになった屈強な船乗りたちが、松明(たいまつ)の火を頼りに、ずらりと並んでいた。
そして、その先頭に立っていたのは。
濡れた黒髪をなびかせ、その美しい顔に、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた、一人の女性だった。

巨大な竜の船首を持つ、勇壮な商船団『海竜の牙』。それを率いるのは、『女海賊』の異名で、七つの海にその名を轟かせる、豪快で美しき女船長、キャプテン・イソラ。
彼女は、緊急避難のために、その巨大な船団ごと、この港へと入港してきたのだ。

「あんたが、この店の主かい?」
イソラは、濡れたコートを翻し、ずかずかと店の中に入ってきた。その歩き方は、女王のように、威厳に満ちている。
「いいかい、話は短い。あたしの可愛い船乗りたちが、この嵐で、腹を空かせて凍えている。今夜、この百人の腹と心を満たす、最高の宴会料理を用意しな!」

「……ひゃ、百人前!?」

その、あまりにも無茶な要求に、厨房から顔を出したレオたち弟子は、息を呑んだ。
しかも、彼女は続けた。
「時間は、二時間だ。もし、あたしたちを満足させられなかったら……。ふふっ、この店がどうなるか、分かりゃしないよ?」

それは、もはや依頼ではない。脅迫だった。
「む、無理です! 百人前の宴会料理を、たった二時間でなんて、絶対に不可能です!」
レオが、真っ青な顔で叫んだ。王都の厨房で、伝統的なコース料理を学んできた彼にとって、それは常識では考えられないことだった。
「一人一人に最高の料理を提供するには、どんなに急いでも、最低でも三日は必要です!」

他の弟子たちも、絶望的な表情で、ただ震えている。
だが、俺は。
この、絶望的な状況を、ニヤリと笑って、見つめていた。
これこそが、この生まれたばかりのチームを、本物の「家族」にするための、最高の試練だ。

「……面白い。その挑戦、受けましょう」
俺の言葉に、レオたちが「日向さん!?」と悲鳴のような声を上げる。
イソラは、満足そうに、口の端を吊り上げた。
「威勢のいいこった。気に入ったよ。せいぜい、あたしたちを、楽しませてみな!」

嵐が、窓ガラスを叩きつける。
絶望的な状況の中、俺は、弟子たちに向き直った。
「いいか、お前たち。確かに、百人前のコース料理を作るのは不可能だ。だが、百人前の『祭り』を、この厨房で起こすことはできる」

俺は、厨房の奥にある、忘れ去られたように、埃をかぶっていた、巨大な石窯(いしがま)を指差した。
パンを焼くためだけに使われていた、この宿屋の、眠れる心臓部。
その巨大な口は、まるで、竜の顎(あぎと)のようだった。

「今から、この『竜窯(りゅうがま)』に、火を入れる。そして、俺たちの、最高の宴会を、始めるぞ!」

---
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』

チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。 その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。 「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」 そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!? のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。

独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で身も心もすり減らした相馬蓮司(42歳)。 過労死の果てに辿り着いたのは、剣と魔法の異世界だった。 神様から「万能スキル」を押し付けられたものの、蓮司が選んだのは──戦いでも冒険でもない。 静かな辺境の村外れで、珈琲と煙草の店を開く。 作り出す珈琲は、病も呪いも吹き飛ばし、煙草は吸っただけで魔力上限を突破。 伝説級アイテム扱いされ、貴族も英雄も列をなすが──本人は、そんな騒ぎに興味なし。 「……うまい珈琲と煙草があれば、それでいい」 誰かと群れる気も、誰かに媚びる気もない。 ただ、自分のためだけに、今日も一杯と一服を楽しむ。 誰にも縛られず、誰にも迎合しない孤高のおっさんによる、異世界マイペースライフ、ここに開店!

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

処理中です...