異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第30話 苦くなった蜂蜜と、女王様のバクラヴァ (30-2)

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「いいか、皆! この『影の蔓(かげのつる)』を、一本残らず、森から取り除くぞ!」

俺の号令で、弟子たちの、泥だらけの戦いが始まった。
最初は、慣れない土仕事に、戸惑っていた彼ら。特に、王都育ちのレオは、土で手が汚れることに、あからさまに顔をしかめていた。

だが、作業を進めるうちに、彼らの顔つきが変わっていく。
自分たちの手で、蔓を一本引き抜くたびに、枯れかけていた花々が、少しだけ、元気を取り戻していくように見えたのだ。
料理とは、なんと遠い場所から、始まっていたことか。
彼らは、生まれて初めて、そのことを、肌で感じていた。

数時間が経った頃。
「きゅいいいん!」
モグモグが、森の奥から、大きな、もふもふの影を連れて、帰ってきた。
森の主だ。
彼は、俺たちの姿を見ると、感謝するように、一度、深々と頭を下げた。そして、その巨大な前足で、俺たちが取り除いた蔓を、次々と、大地から引き抜き始めたのだ。
彼の助けもあって、作業は、驚くほどの速さで進んでいった。

全ての蔓を取り除き終えた時、谷には、心地よい風が吹き抜けた。
まるで、森全体が、安堵のため息をついているかのようだった。

数日後。
街に、奇跡の知らせが届いた。
『虹色の蜂蜜』が、元の、黄金色に輝く、甘い蜜に戻ったのだ。
蜂たちも、すっかり元気を取り戻し、以前にも増して、生き生きと、蜜を集めているという。

街中が、歓喜に沸いた。
そして、その祝祭の日のために、俺は、弟子たちと共に、厨房に立っていた。
自分たちの手で、守り抜いた、あの蜂蜜。
その努力の結晶を、最高に輝かせるための、究極の一皿を作るために。

「皆、よく見ておけ。今から作る『バクラヴァ』は、ただの菓子じゃない。職人の、魂の結晶だ」
俺は、大きな調理台の上で、生地を伸ばし始めていた。
「この菓子はね、俺の世界で、かつて広大な帝国を支配した、**皇帝(スルタン)たちが、その権力の象徴として、客をもてなすために作らせた、究極の菓子**なんだ。薄く伸ばした生地を何層にも重ね、最高のナッツと、最高の蜂蜜を使う。**豊かさと、繁栄と、そして、客への最大限のもてなしの心**。その全てが、この一欠片に凝縮されているんだよ」

俺は、生地を、極限まで、薄く、薄く、伸ばしていく。
向こう側が、透けて見えるほどに。
「この菓子の命は、このパイ生地にある。これは、ただの力仕事じゃない。**長年の経験と、繊細な技術、そして何よりも、途方もない根気**がなければ、決して作れない、まさに職人技の結晶なんだ。お前たちが、森で流した汗と、同じ価値がある」

弟子たちは、息を呑んで、俺の手元を見つめている。
レオの瞳には、もはや、反発の色はない。ただ、純粋な、畏敬の念だけが、宿っていた。

だが、最高のバクラヴァには、最高のナッツが不可欠だった。
その時だった。
「きゅいん!」
モグモグが、森の主からの「お礼だ」と言わんばかりに、一つの、麻袋を、誇らしげに持ってきた。
袋の中には、七色の虹のように輝く、幻の木の実**『森の宝石』**が、ぎっしりと詰まっていた。

「……ははっ。最高の相棒が、最高の『絆』を、持ってきてくれたみたいだな」
全ての役者が、揃った。
街の復活を祝う、最高の祝祭の、幕が上がろうとしていた。

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