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第33話 ドワーフへの旅路と、武田信玄のほうとう (33-2)
しおりを挟む厨房などない、吹きさらしの岩陰。
調理器具は、焚き火と、この鉄鍋一つだけ。
食材も、残りわずかな小麦粉と、道中で採集した、カボチャやキノコ、そして干し肉だけだ。
「日向さん。本当に、こんなもので、俺たちの腹と心を満たせるというのですか……?」
レオが、まだ信じられないといった顔で、尋ねてくる。
「ああ。レオ、お前に、この『ほうとう』という料理が持つ、戦いの歴史を教えてやろう」
俺は、大きな木のボウルで、小麦粉をこねながら、語り始めた。
「ほうとうっていうのはね、俺の故郷の、戦国時代っていう、国同士が何十年も争っていた、過酷な時代に生まれた料理なんだ。そして、**『武田信玄』**っていう、最強と謳われた武将が、戦場で、兵士たちのために好んで食べさせたとされる、**『陣中食(じんちゅうしょく)』**なんだよ」
「……じんちゅうしょく?」
「そうだ。戦の、真っ只中で食べる飯だ。だから、この料理には、一切の無駄がない。全てが、勝利のために、計算され尽くされている」
俺は、こね上げた生地を、あえて寝かせることなく、分厚く、平たく伸ばし、それを、無骨に切り分けていく。
「見ての通り、麺は、打った後、寝かせずに、生のまま汁で煮込む。そうすることで、調理の手間が省けるだけでなく、**麺から溶け出したとろみが、汁を、驚くほど冷めにくくする**んだ。そして、このカボチャ。こいつを入れれば、**甘みと、栄養と、腹持ちの良さが、同時に手に入る**。これほど、合理的で、力強い料理はない。**これは、過酷な戦場で、兵士たちの心と体を、最高効率で温めるために生まれた、最高のサバイバル飯**なんだよ」
俺の言葉に、レオだけでなく、ドワーフのボルギンも、ほう、と感心の声を漏らした。
無骨で、合理的で、栄養満点。その思想は、まさに、ドワーフの魂そのものだったからだ。
鉄鍋に、干し肉と野菜、そしてたっぷりの水を入れ、火にかける。
ぐつぐつと煮え立ったところに、生のままの平たい麺を、投入していく。
鍋の中の汁が、麺から溶け出した小麦粉で、とろりとしていく。
だが、最高のほうとうには、最高の「味噌」が必要だった。
旅の荷物の中の味噌は、もう、残りわずか。
「きゅいん!」
ちょうどその時、食料を探しに出ていたモグモグが、誇らしげに帰ってきた。
その口には、彼が、この厳しい高山の岩陰で見つけてきた、石のように硬い、大豆に似た木の実が、一つ、咥えられていた。
「……! それは、『苦ガシの実』じゃないか」
ボルギンが、顔をしかめて言った。
「そんなもの、食えたもんじゃない。石のように硬く、ひどい苦味とアクがある。わしらドワーフでも、いよいよ食うものがなくなった時の、最後の栄養剤だ。潰して、水に溶いて、薬のように飲むだけの……」
「ボルギンさん。その『最後の手段』を、俺が、最高の『最初の一手』に変えてみせますよ」
俺は、不敵に笑った。
「この実は、確かに、このままではただ苦いだけの、力任せの食材だ。だが、俺の故郷には、**『発酵』**という、時間を味方につける魔法がある。この実をすり潰し、塩と、モグモグが見つけてくれた、この特別な苔(麹の代わり)を混ぜて、火のそばで、優しく寝かせてやる。そうすれば、その苦味は、驚くほどの、深く、そして温かい**『旨味』**へと、生まれ変わるんだ」
俺の言葉に、ボルギンは、信じられないといった顔で、目を見開いた。
彼の常識では、考えられない調理法。
だが、俺は、彼の目の前で、石のように硬い実を砕き、即席の「特製味噌」を作り上げていく。
それは、奇跡の食材に頼るのではない。
**「知識」**と**「技術」**だけで起こす、本物の、料理の魔法だった。
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