131 / 293
第33話 ドワーフへの旅路と、武田信玄のほうとう (33-3)
しおりを挟む完成したほうとうは、芸術品とは、程遠い見た目だった。
大きな木の器によそわれた、どろりとした汁。その中に、不揃いな形の平たい麺と、煮崩れたカボチャや野菜が、ごった煮のように入っているだけ。
だが、その器から立ち上る湯気と、即席で作った特製味噌の、香ばしい香りは、どんな豪華な料理よりも、凍える俺たちの魂を、強く、強く、惹きつけていた。
「……さあ、皆さん。武田信玄公の、魂の味だ。熱いうちに、どうぞ」
俺たちは、焚き火を囲み、それぞれの器を手に取った。
そして、まず、一口。
その刹那。
俺たちの、冷え切っていた体の、その一番奥深くで、小さな「火種」が、ぽっ、と灯ったのを感じた。
「……っ! なんだ、この味の深みは……!?」
レオが、驚愕の声を上げる。
口の中に広がるのは、衝撃的なほどの、旨味と、温かさ。
『苦ガシの実』から生まれた特製味噌の、信じられないほどに、深く、香ばしいコク。
その味噌の味を、たっぷりと吸い込んだ、もちもちの平たい麺。
そして、煮崩れて、汁と一体になった、カボチャの、優しい甘み。
一口、また一口と、食べ進めるごとに、腹の底の火種が、どんどん、どんどん、大きくなっていく。
手足の先まで、血が巡り、力が、みなぎってくるのが分かる。
吹き付けていたはずの、あの冷たい風が、いつの間にか、心地よくさえ感じられた。
「……馬鹿な。あの、苦いだけの木の実が、こんな味に……」
隣で、ボルギンが、呆然と呟いていた。
その、岩のような顔には、ここ数日、見ることのなかった、力強い血の気が、戻っている。
「……確かに、これは、戦士の食い物だ。理にかなっている」
やがて、大きな鉄鍋が、綺麗に空になった頃。
俺たちの顔にはもう、疲労の色はなかった。
腹いっぱいの満足感と、どんな困難にも立ち向かえるという、揺るぎない自信。
そして何より、同じ鍋のものを分け合った、温かい「仲間」としての、一体感が、そこにはあった。
「……日向さん」
レオが、俺の顔を、真っ直ぐに見つめてきた。
「……俺は、また、間違っていました。料理は、厨房だけで作るものじゃない。どんな場所でも、どんな食材でも、食べる相手を想う心と、そして、『知識』さえあれば、奇跡は起こせるんですね……」
俺は、何も言わずに、ただ、その肩を、ぽんと叩いた。
彼は、この厳しい旅を通して、料理人として、そして、一人の人間として、確かに、成長している。
俺たちは、立ち上がった。
そして、まだ見ぬ、西の山脈の、その頂を、見据えた。
外の空気は、まだ冷たい。
旅路は、まだ、険しい。
だが、俺たちの心の中には、もう、臆する気持ちはなかった。
腹の底に燃える、この、戦国武将の魂の炎がある限り。
俺たちの、ドワーフの国を救うための、本当の戦いは、この、一杯の温かいほうとうと共に、静かに、しかし、力強く、始まろうとしていた。
10
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました
mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。
なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。
不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇
感想、ご指摘もありがとうございます。
なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。
読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。
お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる