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第35話 病める溶鉱炉と、浄化の塩釜焼き(35-3)
しおりを挟む全ての準備は、整った。
俺は、塩の鎧をまとった神聖な魚を、大溶鉱炉の、弱々しく燃える残り火の、その一番奥深くへと、そっと滑り込ませた。
ジュウウウウウッ!
塩が、炎の熱を受けて、激しい音を立てる。
それは、浄化の儀式の始まりを告げる、産声のようだった。
どれくらいの時間が、経っただろうか。
俺たちは、ただ、無言で、炎を見つめ続けていた。
やがて、窯から、塩釜を取り出す。
それは、カチカチに固まり、まるで一つの美しい彫刻のようだった。
俺は、その硬い塩の殻を、木槌で、叩き割る。
コン、コン……パリン!
塩の殻が割れた、その瞬間。
中から、信じられないほどに、清らかで、芳醇な、魚の蒸された香りが、湯気と共に、爆発的に立ち上った!
その香りは、あまりに神聖で、その場にいたドワーフたちは、皆、思わず膝をつきそうになるほどだった。
塩の殻を取り除くと、中から現れたのは、完璧に蒸し上げられた、純白の岩魚の身。
皮は、塩釜に、全ての不純物と共に、綺麗に剥ぎ取られている。
そこにあるのは、魚の「本質」そのものだった。
「……これが、浄化された、山の魂の姿です」
俺は、その白身を、ドワーフの王の前に、そっと差し出した。
王は、震える手で、そのひとかけらを、口に運んだ。
その刹那。
王の、岩のように固まっていた顔が、驚愕に、歪んだ。
「……な……なんだ、この、凝縮された旨味は……!?」
口の中に広がるのは、衝撃。
不味いと、水っぽいと、誰もが見向きもしなかったはずの魚が、信じられないほどに、味が濃い。
魚本来の、気高い甘みと、旨味。そして、後から追いかけてくる、『星屑の岩塩』が持っていた、複雑で、豊かなミネラルの風味。
一切の、雑味がない。
それは、まるで、山の清流そのものを、飲んでいるかのような、究極の「純粋」の味だった。
「……馬鹿な……。あの、不味い魚と、ただの岩塩が、これほどの味に……」
王は、呆然と呟いた。
その時だった。
ゴウッ!
弱々しかったはずの、大溶鉱炉の炎が、一瞬だけ、大きく、そして、青白く、清らかな輝きを放ったのだ。
まるで、供物を受け取り、その穢れが払われたことを、喜ぶかのように。
「……おお……!」
「炎が……炎が、澄んだ色に……!」
ドワーフたちから、歓声が上がる。
炎は、すぐに元の弱々しい姿に戻ってしまった。
だが、その一瞬の輝きは、俺の診断が、正しかったことの、何よりの証明だった。
「王よ。これで、分かりました。この炉が、本当に求めているものが」
俺は、ドワーフの王の目を、真っ直ぐに見つめ返した。
「この炎の、本当の『燃料』。それを、俺たちで、作りに行きましょう」
俺たちの、ドワーフの国を救うための、本当の冒険は、この、一杯の清らかな魚と共に、ようやく、その幕を開けたのだった。
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