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第35話 病める溶鉱炉と、浄化の塩釜焼き(35-2)
しおりを挟む翌日、大溶鉱炉の前に、巨大な作業台が設えられた。
その上には、ドワーフたちが、渋々といった様子で釣り上げてきた、体長が俺の腕ほどもある、『深層の岩魚』が、横たわっている。
そして、その隣には、山のように積まれた、大量の塩。
「日向さん。本当に、この魚で、ドワーフたちを納得させられるのですか?」
レオが、不安そうな顔で尋ねる。
「ああ。レオ、今から作るのは、ただの焼き魚じゃない。神聖な『浄化の儀式』だ」
俺は、ボウルに入れた大量の塩に、卵白を混ぜ込みながら、集まったドワーフたちに、語り始めた。
「俺の故郷ではね、**塩は、ただの調味料じゃない。あらゆる穢(けが)れを払い、不浄を清める、最も原初的で、最も神聖な力を持つ**と信じられているんだ。今から俺たちがやるのは、ただの料理じゃない。この山の心臓部を、大地の恵みである『塩』の力で清める、神聖な**『浄化の儀式』**なのさ」
俺の言葉に、ドワーフたちが、ごくりと息を呑む。
「そして、この調理法『塩釜焼き』にも、深い意味がある」
俺は、岩魚の腹に香草を詰め、その全身を、卵白を混ぜた塩で、分厚く、隙間なく、覆っていく。
「この分厚い塩の釜は、頑頑な『殻』だ。この殻が、外部の不浄な熱から、中の魚を守り、その魚が持つ、本来の水分と旨味だけで、完璧に蒸し上げてくれる。そして、この塩の殻は、同時に、魚が持つ、わずかな臭みや、**“不純物”を、全て吸い取ってくれる**んだ。最後に、この硬い殻を打ち破った時、そこに現れるのは、**一切の雑味がない、完璧に浄化された、魚の『本質』**そのものなんだよ」
俺は、完全に塩の鎧で覆われた魚を、そっと持ち上げた。
だが、最高の塩釜焼きには、最高の塩が必要だった。
「きゅいん!」
その時だった。
厨房の隅で、俺たちの様子を見ていたモグモグが、鉱山の奥深くから、一つの、奇妙な岩塩の塊を、一生懸命に転がして帰ってきたのだ。
それは、様々な色の鉱物が混じり合い、まるで夜空の星屑のように、キラキラと輝いていた。
「おい、日向殿! そいつは、ただの低品質な岩塩だぞ!」
ボルギンが、慌てて叫んだ。
「それは『星屑の岩塩(ほしくずのがんえん)』! 不純物(ミネラル)が多すぎて、しょっぱいだけで、料理には使えやしねえ。わしらは、道の氷を溶かすのにしか使っとらん!」
だが、俺は。
その「ガラクタ」を手に取り、不敵に笑った。
「ボルギンさん。これが、『知識』です。あなた方が『不純物』と呼ぶ、この様々なミネラルこそが、最高の塩釜を作るための、最高の『宝物』なんです。この複雑な塩味が、魚の旨味を、何倍にも、何十倍にも、引き出してくれるんですよ」
俺の言葉に、ボルギンは、信じられないといった顔で、目を見開いた。
俺は、その『星屑の岩塩』を砕き、魚を包む塩釜の、一番外側に、まるで祈りの紋様を描くように、塗り込めていった。
奇跡の正体は、伝説の食材ではない。
ただ、そこにあるものを、見抜く「目」と、生かす「知恵」。
それだけだったのだ。
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