異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第40話 漁師の結婚式と、祝福のクロカンブッシュ (40-3)

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結婚式の当日。
『木漏れ日の食卓亭』は、街中の人々の、幸せそうな笑顔で、満ち溢れていた。
その宴の、クライマックス。
レオを先頭にした弟子たちが、一つの、巨大な銀盆を、誇らしげに運んできた。

その上に乗っていたものを見て、会場から、どよめきと、ため息が、同時に漏れた。

そこにあったのは、天まで届くかのような、美しい、菓子の塔。
何百個もの、小さなシュークリームが、艶やかな飴の糸で繋がれ、円錐状に、見事に積み上げられている。
その頂上には、飴細工で作られた、一組の男女が、幸せそうに微笑んでいた。

「……すごい……」
主役である、花嫁のアニエスさんが、その美しい瞳を、潤ませながら、呟いた。

「アニエスさん」
レオが、彼女の前に進み出ると、静かに言った。
「これが、俺たちが、あなたの思い出の断片から、作り上げた、祝福の形です」

彼は、塔から、シューを一つ、そっと取り外し、彼女の口元へと、差し出した。
アニエスさんは、おずおずと、そのシューを、一口、頬張った。

その刹那。
彼女の、大きな瞳から、ぽろり、と、大粒の涙が、こぼれ落ちた。

「……っ! この、甘酸っぱさは……!」

口の中に広がるのは、優しいカスタードの甘みと、そして、驚くほどに香り高い、懐かしい木苺の風味。
それは、彼女が、心の奥底に、固く、固く、封印していた、大切な記憶の味だった。

昨夜、モグモグが、ずぶ濡れになって、帰ってきたのだ。
その小さな背中には、アニエスさんの故郷の村人たちが、モグモグの想いに応えて、一緒に摘んでくれたという、たくさんの、野生の木苺が、詰め込まれた袋が、くくりつけられていた。

(……ああ、そうか。母様……。これが、あの日の約束の、本当の形だったのですね……)

彼女の脳裏に、忘れていたはずの光景が、鮮やかに蘇る。
まだ幼かった自分。その自分のために、不器用な手つきで、シューを焼いてくれる、大好きだった母親の、優しい笑顔。
『いつか、アニエスが、素敵なお嫁さんになる日には、このシューで、天まで届くお城を、作りましょうね』

「……母様……!」

アニエスさんは、もう声を抑えることができなかった。
子供のように、わんわんと、泣きじゃくりながら、それでも、幸せそうに、シューを頬張っている。
それは、悲しい涙ではなかった。
失ってしまったと思っていた、かけがえのない約束を、最高の形で、叶えることができた、喜びの涙だった。

その光景を、厨房の入り口で、レオたち弟子が、涙を堪えながら、しかし、誇らしげな顔で、見つめていた。
今日、彼らは、学んだのだ。
料理とは、ただ、腹を満たすものではない。
誰かの、失われた思い出を、温め直し、そして、新しい幸せを、未来へと繋ぐことができる、最高の「魔法」なのだと。

俺は、そんな弟子たちの、頼もしい後ろ姿を、ただ、静かに見守っていた。
厨房の隅では、モグもぐが、満足そうに、クリームのついた自分の前足を、ぺろりと、舐めている。

この日、一組の若い夫婦の門出は、最高の形で、祝福された。
そして、俺の弟子たちは、料理人として、何よりも尊い、最初の「卒業証書」を、その胸に、確かに受け取ったのだった。

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