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第48話 幕間・少女の見た涙
しおりを挟む夜。わたし、リリィアは、自分の部屋のベッドの上で、今日の出来事を思い出していました。食堂の扉が静かに閉まり、最後のお客さんが帰った後のお店の空気は、いつもより少しだけ、静かで、そして、なんだかとても優しかった気がします。
お店の扉が開いて、フードを被った小さな人が入ってきた時、わたしは、また困っている旅人さんかな、と思いました。でも、フードが外された瞬間、食堂の空気が、冬の池みたいに、一瞬で凍りつきました。
「ゴブリン…」
誰かが、そう呟くのが聞こえました。騎士団のおじさんたちが、剣に手をかけるのが見えました。みんなの顔が、いつもと全然違う、こわばった顔になっていました。
でも、わたしには、その子のことが、少しも怖いとは思えませんでした。
だって、その子の大きな黒い瞳は、悪いことをしようとする子の目じゃなかったから。ただ、怖くて、寒くて、どうしようもなくて、今にも泣き出しそうなのを、必死で我慢している…そんな目をしていたからです。その姿は、昔、森で迷子になった時の、わたしとそっくりでした。
だから、気づいたら、わたしは、その子の前に歩み出ていました。お母さんは、後で「危ないでしょ!」って少しだけ怒っていたけど、でも、あの時は、そうするべきだって、心が叫んだのです。
日向さんが、その子…ニビちゃんを、テーブルに座らせてあげた時、やっぱり日向さんはすごいな、って思いました。お店にいたみんなの、あの氷みたいな空気を、日向さんの「大丈夫ですよ」の一言だけで、温かいスープみたいに、ふんわりと溶かしてしまったのですから。
ニビちゃんが話してくれた、村の物語。それは、とても悲しいお話でした。おじいちゃんたちの気持ちも、お兄ちゃんたちの気持ちも、どっちも「村を守りたい」っていう、優しい気持ちのはずなのに、すれ違って、喧嘩してしまっている。食べ物がないっていうのは、人の心まで、ギスギスさせちゃうんだなって、胸が痛くなりました。
でも、日向さんは、ニビちゃんに「大丈夫。君の村は、俺が助ける」って、力強く言いました。
厨房で、日向さんが『焼き餃子』のお話をしてくれた時、わたしは、もう何も心配いらないなって、確信しました。
古いキノコと、新しいお芋。長老さんたちの心と、若者たちの心。その、全然違うものを、小麦粉の優しい皮で、一つに、ぎゅっと包んであげる。
日向さんの料理は、いつもそうです。ただ美味しいだけじゃない。バラバラになった心を、もう一度、温かく結びつけてくれる、魔法の手紙みたい。
わたしは、そっと窓の外を見ました。遠い西の山脈の向こうに、ニビちゃんの村があります。
今頃、ニビちゃんは、この宿屋の客室で、久しぶりに温かいベッドで眠っているはずです。
明日、日向さんと、レオさんたちと、ニビちゃんの村へ行きます。
わたしに、何ができるかは分からない。でも、ニビちゃんの隣で、ただ、手を握ってあげることはできるかもしれない。
大丈夫だよ、って。日向さんがいれば、全部、元通りになるよ、って。
わたしは、ニTビちゃんが持っていた、あの黒く枯れたキノコの姿を思い出しました。そして、その上にぽつりと落ちた、彼女の涙の雫のことも。
明日の今頃は、あの涙が、嬉し涙に変わっていますように。
わたしは、胸の前でそっと手を組んで、静かに、そう祈りました。
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