異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第65話 幕間・狩人の祈り

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夜。わしらのキャンプを、港町の冷たい沈黙が包んでいる。わし、ビョルンは、燃えさかる焚き火の前に座り、父祖より受け継いだ、巨大な狩猟ナイフを、ただ、黙々と研いでいた。これは、心を静め、思考を研ぎ澄ますための、わしだけの儀式だ。

昼間の、あの市場での騒動。若い衆の、怒りに震える顔。そして、街の連中が、我らに向ける、恐怖と、侮蔑に満ちた眼差し。その全てが、このナイフの刃のように、冷たく、わしの心を抉っていた。
我らは、野蛮人ではない。
我らは、誇り高き、北の山の狩人だ。
この季節に、この港町を訪れるのは、何代も前から続く、我らの民の、神聖な伝統。山の恵みが少なくなる冬を越すため、我らが夏の間にとっておいた毛皮や干し肉を、街の穀物や塩と、敬意をもって交換するための、大切な儀式だった。
祖父からは、昔は、街を挙げて歓迎されたと聞いている。北の珍しい土産話を、子供たちが、目を輝かせて聞きに来たものだ、と。

だが、今の、この街は、どうだ。
我らを、まるで、害獣か何かのように、遠巻きにするだけ。その瞳には、好奇心ではなく、ただ、不信と、恐怖の色しか浮かんでいない。
わしは、悔しかった。そして、悲しかった。わしらの、誇り高い魂が、ただ、その見た目だけで、いともたやすく、踏み躙られていくのが。

だから、今日、あの料理人が、わしらのキャンプを訪ねてきた時も、最初は、強く、警戒していた。街の代表として、我らを追い出しに来たのか、と。
だが、あの男…日向耕介は、違った。
彼の目は、我らの毛皮や、武器を見てはいなかった。彼が見ていたのは、我らが、獲物の骨を弔うために作った、小さな塚であり、女たちが、子供たちに歌い聞かせる、古い伝承の歌であり、そして、わしが、このナイフを研ぐ、その手つきだった。
彼は、我らの「暮らし」そのものに、敬意を払っていたのだ。

そして、彼の、あの、あまりにも突拍子もない提案。
『あなた方の、魂の料理を、私に教えてはいただけませんか』
『言葉ではなく、味で、あなた方の、誇り高い魂を、伝えてみせます』

…馬鹿げている、と思った。
わしらの、神聖な祝祭の料理『ハギス』を、この、我らを拒絶する街の連中に、振る舞うだと? 魂の冒涜だ。
だが、わしの心の、もっと深い場所が、叫んでいたのだ。
この男に、賭けてみろ、と。
彼の、あの、どこまでも真っ直ぐな瞳。その奥には、わしらと同じ、食という、生命の根源に対する、揺るぎない敬意の光が、宿っていた。
彼ならば、あるいは。わしらの、この、言葉にならない、不器用な魂の叫びを、翻訳してくれるやもしれぬ、と。

わしは、研ぎ終えたナイフの、氷のように冷たい刃に映る、自分の顔を見た。
族長としての、重い、重い責任。この、わしを信じて、極寒の山を越えてついてきてくれた、仲間たちの、命。
その全てを、わしは今、異邦の、たった一人の料理人の、一皿の料理に、賭けようとしている。
これが、正しい選択なのか、わしには、まだ分からない。

だが、もう、後戻りはできぬ。
わしは、立ち上がると、キャンプで眠る、仲間たちの顔を、一人、一人、見て回った。
そして、胸の中で、静かに、母なる大山に、祈りを捧げた。
どうか、我らの魂の味が、この、冷たく閉ざされた街の、人々の心を、少しでも、温めてくれるように、と。

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