異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第66話 幕間・漁師の見る、山の魂

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夜。宴の熱狂が嘘のように、港町は、静かな寝息を立てていた。わし、ギルは、一人、いつもの波止場に腰を下ろし、月明かりに照らされた、穏やかな夜の海を眺めていた。潮の香りに混じって、まだ、あのハギスとかいう料理の、スパイシーで、力強い香りが、微かに残っている気がした。

(…なんだってんだ、全く)
わしは、苦笑しながら、自分の腹の底に残る、確かな熱を、感じていた。
数日前まで、わしは、あの北から来た連中が、心底、不気味で、そして、怖かった。わしら海の男とは、何もかもが違う。わしらは、潮の流れを読み、星の位置で己の場所を知る。奴らは、風の匂いを読み、獣の足跡で森を知る。見ている空は同じはずなのに、まるで違う星の下で生きているようにさえ、思えた。

わしは、この港町を、自分の庭のように思っている。この海と、この仲間たち。それが、わしの世界の、全てだ。だから、得体の知れない奴らが、土足でこの庭に踏み込んでくるのが、許せなかった。この、わしらの平和を、乱されるのが、たまらなく嫌だったんだ。
だから、噂を信じた。市場での一件も、「やっぱり、野蛮人じゃねえか」と、そう決めつけた。見えない壁を、わしは、自分から、進んで高く、分厚くしていたのだ。

あの厨房に入る時まで、わしは、まだ、奴らを疑っていた。
日向の旦那は、人が良すぎる、と。あんな連中の、魂の料理だなんて、どうせ、ろくでもないものに決まっている、と。
案の定、厨房に持ち込まれたのは、羊の内臓の塊だった。あの、生々しい光景と、血の匂い。わしの偏見は、確信に変わった。こいつらとは、絶対に、分かり合えねえ、と。

だが、あの族長…ビョルンとか言ったか。あいつの、あの、静かな一言。
『…それは、あんた達が、海の恵みを、その骨の髄まで使い切るのと同じことだ』
あの言葉は、わしの、心のど真ん中に、重い錨のように、突き刺さった。これまで、偏見という名の荒波に、好き勝手流されていたわしの心の船が、初めて、ぴたりと、その場で止まったような感覚だった。
そうだ。わしらだって、魚の頭や骨で、最高の出汁を取るじゃねえか。内臓だって、塩辛にして、大事に食う。やっていることは、何一つ、変わらねえ。ただ、舞台が、海か、山か、というだけの違いで。
あの時、わしの心にあった、分厚い氷の壁に、ほんの少しだけ、ヒビが入ったんだと思う。

そして、極めつけは、あの『黒曜石の塩』だ。
波止場の隅で、荷揚げの時にこぼれた、ただの「クズ塩」だ。汚れてて、売り物にならねえ、ガラクタ。わしらも、今まで、見向きもしなかった。
その、ガラクタが。あの、猛獣のように荒々しかったスパイスの魂を、手懐けちまった。それどころか、その奥に眠っていた、花の蜜のような、気品のある香りを、引きずり出しやがった。
日向の旦那は言った。「二つの文化を結びつける、最高の宝物だったんですよ」と。
頭を、ガツンと殴られたような衝撃だった。わしらが、価値がねえと決めつけて、捨てていたものにこそ、あいつらを理解するための、鍵があったなんて。

最後の一切れを、口に放り込んだ時の、あの味。
「なんだこりゃあ! 海の幸の繊細さとは違う…! 荒々しい山の魂が、ガツンと腹の底から湧き上がってくるようだ! こいつは…温けえ…!」
あれは、わしの、偽らざる本心だった。
あのハギスは、ただ、温かいだけじゃなかった。それは、厳しい冬を、仲間と肩を寄せ合って生き抜いてきた、あの狩人たちの、魂そのものの温かさだったのだ。

わしは、静かに立ち上がると、街外れの、彼らがキャンプを張る方角を、眺めた。
もう、あの焚き火の光は、不気味な鬼火のようには見えない。ただ、同じこの街で、夜を明かす、仲間たちの、温かい灯りに見えた。

…明日、あいつらのところに、とっておきの地酒でも、一本、持って行ってやるか。肴は、今朝方、網にかかった、一番脂の乗った大物のニシンだ。祝い事でもなけりゃ、絶対に人にはやらねえ、とっておきの獲物。それくらいしなけりゃ、あいつらが差し出してくれた「魂」に、釣り合いが取れねえだろうからな。わしが誇る海の幸を肴に、今度は、山の話を、もっと、聞かせてもらおうじゃねえか。

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