異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第67話 幕間・賢者の見た、一滴の真理

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夜。静寂の修道院の、書庫の片隅。わたくし、エドワードは、自らの机に向かい、ただ、一本の羽根ペンを、じっと見つめていた。何ヶ月ぶりだろうか。この、わたくしの魂の一部とも言うべき道具が、これほどまでに、重く、そして、冷たく感じられたことは。

わたくしは、知識の森の中で、遭難していた。
人生の集大成となる歴史書を完成させるため、この修道院に籠った。だが、書けば書くほど、調べれば調べるほど、真理は指の間からすり抜けていく。無数の文献、相反する証言、異説、偽史…。情報の洪水の中で、わたくしの思考は、完全に座礁してしまったのだ。
あれも、これもと、言葉を、情報を、足し算し続けた結果、わたくしの頭の中は、ただの意味をなさないガラクタの山と化していた。筆は、動かない。心は、渇ききっている。もう、わたくしの旅はここで終わりなのだと、諦めていた。

そこへ、あの料理人…日向耕介が現れた。
彼の、あまりにも静かで、しかし、一切の妥協を許さない求道者のような姿。何時間もの間、ただひたすらに胡麻を擂り、葛を練り上げていく。その姿は、わたくしが、若い頃に、たった一つの古代文字の語源を追い求め、書庫に何日も籠った、あの時の姿と、どこか重なって見えた。無数の可能性から、たった一つの真実だけを磨き上げていく。あの、純粋で、狂おしいほどの喜びの姿と。

そして、目の前に差し出された、あの一皿。
黒塗りの椀に、雪のように白い塊が一つ。そして、ほんの数滴の、琥珀色の雫。
それだけ。
あまりにも、簡素。あまりにも、雄弁。

わたくしは、その一口を、今も忘れることができない。
舌を包み込む、驚くほどに滑らかな舌触り。そして、次の瞬間、口いっぱいに広がる、あまりにも濃厚で、芳醇な、胡麻の「真理」。
それは、わたくしが知っているどんな料理とも違った。味付けはほとんどない。だが、その一滴には、何万粒という胡麻の全ての生命が凝縮されていた。甘み、苦み、香り、コク…その全てが、完璧な調和をもって、わたくしの乾ききった魂を優しく、しかし、抗いがたい力で満たしていく。
わたくしは、ただの味ではない。その皿の中に溶け込んでいる「哲学」そのものを、味わっていたのだ。

(…そうか。わたくしは、ずっと、間違っていたのだ…)
真理とは、足し算の果てにあるのではない。
全ての雑念を、虚飾を、言葉さえも削ぎ落とし、その先に残った、たった一つの純粋な「本質」。その、一滴の雫の中にこそ、宿るのだと。

あの料理人は、言葉を使わず、ただその一皿だけで、わたくしが、生涯をかけても見つけ出せなかった答えを、気づかせてくれたのだ。いや、違う。わたくしが、とうの昔に知っていたはずの、そして、忘れてしまっていた、最初の道を、思い出させてくれたのだ。

わたくしの乾ききっていた瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは絶望の涙ではなかった。長かった暗いトンネルの先に、ようやく一点の光を見出すことができた、再生の涙だった。
わたくしは、震える手で、埃をかぶっていた羽根ペンを、手に取った。
インク壺に、そのペン先を浸す。
そして、空白のままだった最後の一章の、最初のページに、静かに、最初の言葉を記し始めた。
『古代魔法都市。その真理は、強大な魔力にあらず。ただ、一滴の雫にこそ、宿る…』
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