異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第69話 砂漠の国のキャラバンと、羊飼いのグヤーシュ (69-2)

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ザドック隊長の魂の願いを受け入れた俺たちは、数日後、彼のキャラバンと合流するため、港町を発った。目指すは、南方に広がる、広大な砂漠地帯への入り口となる、国境の街。そこからが、俺たちの、本当の戦いの始まりだった。

キャラバンに合流した俺たちを待っていたのは、これまで経験したことのない、過酷な現実だった。昼は肌を焦がす灼熱の太陽。夜は骨の芯まで凍てつかせる急激な冷え込み。そして、どこまで行っても続く、黄金色の絶望的なまでの砂の海。
「…師匠。水が…もう、これだけに…」
一番弟子のレオが、水筒の残りを確かめながら青い顔で呟く。彼の正確無比な調理技術は、この不便な極限状況の前ではほとんど無力だった。
最初の数日、彼は皆を元気づけようと腕によりをかけて繊細な料理を作ろうとした。だが、風に煽られて安定しない焚き火の炎は完璧な火入れを許さず、限られた貴重な水は清潔さを保つための調理法を根本から否定する。ある夜、彼はプライドを賭けて繊細な魚のポワレを作ろうとしたが、不安定な火力のせいで皮は焦げ付き、身には火が通らない。無惨な失敗作を前に、彼は悔しさに唇を噛みしめることしかできなかった。
その横で、古参の商人たちが手際よく夕食の準備を進めている。彼らの調理法は、レオの目から見れば乱暴で非効率的なものにしか見えなかった。鍋の汚れは水ではなく熱した砂でこすり落とし、野菜は皮も剥かずに無造作に鍋へと放り込んでいく。
その夜、古参の商人から無言で差し出された一杯の煮込みスープ。それを口にした瞬間、レオは雷に打たれたような衝撃を受けた。(…美味い。違う、そうじゃない。この味は…“強い”んだ! 水を節約するための砂を使った洗浄法、野菜の水分と栄養を逃さないための皮ごとの調理…。全てが、この過酷な砂漠で生き抜くためだけの、究極の合理性…!)
彼の料理人としてのプライドが、尊敬の念へと変わる瞬間だった。

そして、旅が始まって一週間が過ぎた頃。キャラバンは最大の危機を迎える。
地図に記されていたはずの次のオアシスが、完全に干上がっていたのだ。
「…嘘だろ…」
誰かが力なく呟いた。水筒の中の水は、もうほとんど残っていない。その絶望的な事実が、かろうじて保たれていたキャラバン内の緊張の糸をぷつりと断ち切った。
「だから言ったんだ! この道は危険すぎると!」
若い商人たちがザドック隊長に食ってかかる。「あんたたちの、古いやり方に固執するからこうなるんだ!」
「黙れ、若造が!」
古参の商人たちも応酬する。「利益ばかりに目が眩み、砂漠への敬意を忘れたお前たちに何が分かる!」
一触即発。分裂はもはや避けられないかと思われた。
その時だった。
「きゅぴ! きゅぴぃ!」
それまでぐったりと荷車の隅で小さくなっていたモグモグが、突然、甲高い声で鳴きながら乾いた砂の匂いを必死に嗅ぎ始めたのだ。
「どうしたんだ、モグモグ?」
彼は俺の制止も聞かず、キャラバンの進路から外れたただの岩場に向かって一目散に駆け出した! そして、ある一点で止まると、その小さな前足で必死に地面を掘り始めた。
「師匠、危険です! あれは、ただの…」
レオが焦ったように声を上げるが、俺はそれを手で制した。相棒の目が、これまでにないほど真剣な光を宿している。
「いや、レオ。あれは、ただの岩じゃない。あいつは、俺たちに何かを伝えようとしている」
俺の言葉に、ザドック隊長も何かを感じ取ったようだった。彼は商人たちに厳しい声で命じた。
「…掘れ! あの白い獣が示す場所を、掘るんだ!」
商人たちは半信半疑ながらもその命令に従った。
乾いた砂を掻き分け、固い岩盤を砕いていく。やがて、シャベルの先が湿った土の感触を捉えた。
そして、次の瞬間。
じわり、と。乾ききっていたはずの地面から一筋の澄み切った水が染み出し、乾いた砂に、命の色をした黒い染みを作った。
誰もが、息を飲む。その、あまりにも美しい光景に。そして、次の瞬間、「うおおおおっ!」という地鳴りのような歓声が、砂漠の空に響き渡った。若い商人も、古参の商人も、いがみ合っていたことさえ忘れ、互いの肩を叩き合い、その奇跡の誕生を共に喜んだ。
それは、地図にも載っていない、そして、彼らの乾ききった心をほんの少しだけ潤す、奇跡の地下水脈だった。

【作者より】
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