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第70話 命の奔流と、一番弟子の船出 (70-1)
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砂漠のキャラバンとの熱い旅を終え、港町は再び穏やかな日常に包まれていた。『木漏れ日の食卓亭』の厨房では、一番弟子のレオが風格さえ漂わせながら、若い弟子たちに的確な指示を飛ばしている。その姿は、もはや師である俺の助けを必要としない、一人の独立した料理人としての自信に満ち溢れていた。
そんな、ある日の昼下がり。店の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、見覚えのある北の狩人だった。だが、彼の顔には深い焦燥と疲労の色が浮かんでいる。彼は俺の姿を認めると、懐から濡れてしわくちゃになった羊皮紙の手紙を取り出し、差し出した。
差出人は、あの誇り高き族長、ビョルンからだった。
俺は、厨房に弟子たち全員を集めると、そのただならぬ気配を纏った手紙を、静かに読み上げた。
『友よ、日向耕介。…この手紙が、無事に、君の元へ届いていることを祈る。我らの民は今、滅亡の危機に瀕している』
その衝撃的な書き出しに、弟子たちが息を呑む。
『例年より遥かに早い雪解けが、我らの山を襲った。我らが冬を越すために蓄えていた神聖なる干し肉が、この異常な暖かさと湿気で、次々と腐り始めているのだ。…』
厨房に重い沈黙が落ちる。
『…だが、問題はそれだけではない。雪解け水で増水した川には今、産卵のために見たこともないほどの数の、巨大な魚の群れが遡上してきている。…しかし、我らは、この水の民である魚の、あまりにも繊細な身を、最高の形で味わう「知恵」を持たないのだ…』
手紙を読み上げながら、俺は、ある一点を見つめていた。いや、手紙が、『巨大な魚の群れ』のくだりに差し掛かった瞬間から、俺の視線は、自然と、一人の男に、吸い寄せられていたのだ。
一番弟子、レオ。港町で生まれ、誰よりも、魚と共に生きてきた男。
どうすれば、彼らを救えるのか。その答えは、もう、俺の中では、決まっていた。
俺は静かに手紙を置くと、レオの前に立った。
そして、彼の目を真っ直ぐに見つめて、告げた。
「レオ。これは、もう、俺の仕事じゃない」
「…師匠…?」
「お前が行け」
その、あまりにも重い言葉に、レオだけでなく、厨房にいた全ての弟子が息を呑んだ。
「お前は、港町で海の知恵を学んだ。ドワーフの国で火の魂を知った。エルフの森で調和を、静寂の修道院で無心の道を、魔法都市で科学の理を、そして、砂漠で生き抜くための本当の強さを学んだ。…お前は、もう、その全てを知っているはずだ」
俺の言葉に、レオの瞳が激しく揺れていた。
その時だった。
他の若い弟子たちの間に、息を呑むような沈黙と、そしてほんの少しの羨望と悔しさが入り混じった複雑な空気が流れた。だが、彼らは今のレオの実力と、師からの信頼の厚さを誰よりも知っている。
やがて、その沈黙は、一人の弟子が始めた力強い拍手によって破られた。
パン、パン、パン…!
それは瞬く間に厨房全体へと広がり、レオを送り出す、温かい激励の拍手の大合唱となった。
その仲間たちの想いを受け、レオの瞳に、揺るぎない決意の光が灯った。
「…はい、師匠」
レオは、一度、固く目を閉じた。そして、次にその目を開いた時、そこにはもう、一切の揺らぎはなかった。
「師匠が教えてくださった、『海の幸の温かさ』を。今度は、俺が、彼らに、伝えてきます」
そんな、ある日の昼下がり。店の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、見覚えのある北の狩人だった。だが、彼の顔には深い焦燥と疲労の色が浮かんでいる。彼は俺の姿を認めると、懐から濡れてしわくちゃになった羊皮紙の手紙を取り出し、差し出した。
差出人は、あの誇り高き族長、ビョルンからだった。
俺は、厨房に弟子たち全員を集めると、そのただならぬ気配を纏った手紙を、静かに読み上げた。
『友よ、日向耕介。…この手紙が、無事に、君の元へ届いていることを祈る。我らの民は今、滅亡の危機に瀕している』
その衝撃的な書き出しに、弟子たちが息を呑む。
『例年より遥かに早い雪解けが、我らの山を襲った。我らが冬を越すために蓄えていた神聖なる干し肉が、この異常な暖かさと湿気で、次々と腐り始めているのだ。…』
厨房に重い沈黙が落ちる。
『…だが、問題はそれだけではない。雪解け水で増水した川には今、産卵のために見たこともないほどの数の、巨大な魚の群れが遡上してきている。…しかし、我らは、この水の民である魚の、あまりにも繊細な身を、最高の形で味わう「知恵」を持たないのだ…』
手紙を読み上げながら、俺は、ある一点を見つめていた。いや、手紙が、『巨大な魚の群れ』のくだりに差し掛かった瞬間から、俺の視線は、自然と、一人の男に、吸い寄せられていたのだ。
一番弟子、レオ。港町で生まれ、誰よりも、魚と共に生きてきた男。
どうすれば、彼らを救えるのか。その答えは、もう、俺の中では、決まっていた。
俺は静かに手紙を置くと、レオの前に立った。
そして、彼の目を真っ直ぐに見つめて、告げた。
「レオ。これは、もう、俺の仕事じゃない」
「…師匠…?」
「お前が行け」
その、あまりにも重い言葉に、レオだけでなく、厨房にいた全ての弟子が息を呑んだ。
「お前は、港町で海の知恵を学んだ。ドワーフの国で火の魂を知った。エルフの森で調和を、静寂の修道院で無心の道を、魔法都市で科学の理を、そして、砂漠で生き抜くための本当の強さを学んだ。…お前は、もう、その全てを知っているはずだ」
俺の言葉に、レオの瞳が激しく揺れていた。
その時だった。
他の若い弟子たちの間に、息を呑むような沈黙と、そしてほんの少しの羨望と悔しさが入り混じった複雑な空気が流れた。だが、彼らは今のレオの実力と、師からの信頼の厚さを誰よりも知っている。
やがて、その沈黙は、一人の弟子が始めた力強い拍手によって破られた。
パン、パン、パン…!
それは瞬く間に厨房全体へと広がり、レオを送り出す、温かい激励の拍手の大合唱となった。
その仲間たちの想いを受け、レオの瞳に、揺るぎない決意の光が灯った。
「…はい、師匠」
レオは、一度、固く目を閉じた。そして、次にその目を開いた時、そこにはもう、一切の揺らぎはなかった。
「師匠が教えてくださった、『海の幸の温かさ』を。今度は、俺が、彼らに、伝えてきます」
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