異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第73話 幕間・師が見た、空っぽの器

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夜。弟子たちが寝静まった後、俺、日向耕介は一人、静まり返った厨房に立っていた。月明かりが、磨き上げられた調理台をぼんやりと照らし出している。その中央には、今日の昼間、弟子たちが生み出した、あの、あまりにも美しく、そして、あまりにも空っぽな一皿…『大陸漫遊プレート』の、残骸がまだ残っていた。
俺は、それを、静かに片付け始めた。

(…これで、よかったんだ)
俺は、心の中で、静かに呟いた。
今朝、弟子たちに「俺は、一切のアドバイスをしない」と告げ、厨房を後にした時。彼らの目に浮かんだ、絶望と、裏切られたかのような色を、俺は忘れることができない。
師として、これほどまでに心が痛む試練はなかった。手を差し伸べれば、答えを教えてやれば、彼らは、もっと簡単に、素晴らしい料理を作り上げられただろう。だが、それでは、意味がないのだ。

彼らが、何日もかけて作り上げた、あの『大陸漫-遊プレート』。俺は、その一部始終を、離れた場所から、ずっと見ていた。
ドワーフの火の知恵。エルフのハーブの哲学。砂漠のスパイスの奥深さ。彼らは、俺が教えた全てを、完璧に、再現しようとしていた。
だが、完成した一皿を見た瞬間、俺は、確信した。「これは、失敗する」と。
あの皿は、いわば、美しい絵の具を、ただ、パレットの上に、並べただけだった。それぞれの色は、完璧に美しい。**そして、その一枚一枚の絵の具は、師である俺への、最大限の敬意の形であったのだろう。だが、それ故に、彼らは、まだ俺の影の中にいた。**それらを一つのカンバスの上に描き出す、「画家」の魂が、そこには、なかったのだ。
あれは、彼らの料理ではない。俺との旅の記憶を、ただ、なぞっただけの、美しいだけの「思い出話」に過ぎなかった。

モグモグが、その一皿を、一口も食べずに、ぷいと顔を背けた時。俺の心の中には、安堵と、そして、どうしようもないほどの、親のような愛情が、込み上げてきていた。
ありがとう、モグ-モグ。お前だけが、分かってくれる。最高の、そして、最も正直な、審査員だよ。
弟子たちの、心が砕ける音が、ここまで聞こえてくるようだった。だが、この、完璧なまでの「失敗」こそが、彼らが、本当の料理人へと生まれ変わるために、必要不可欠な、最後の試練だったのだ。

俺は、窓の外を見た。昼間、彼らが、絶望の淵から駆け出していった、あの街並みが、月明かりの下で、静かに呼吸をしている。
漁師のギルさん。パン職人のクラウスさん。豆腐職人のゲンさん。
彼らは、気づいただろうか。自分たちが、ずっと追い求めてきた答えは、遠い異国の、特別な厨房にあるのではない。自分たちが「故郷」と呼ぶ、この、ありふれた日常の中にこそ、眠っているのだということに。
技術や、知識ではない。ただ、腹を空かせた仲間のために、魚を獲ってくる、ギルさんの心。食べる相手の笑顔を思い浮かべながら、パンをこねる、クラウスさんの心。何十年も、変わらぬ味を守り続ける、ゲンさんの、実直な心。
その、名もなき職人たちの魂の全てを、一つの器の中で、温かく包み込み、昇華させること。それこそが、彼らだけの、そして、この港町だけの、本当の『物語』なのだと。

厨房に、若い弟子たちの、寝息が聞こえてくる。
その、穏やかな寝息を聞きながら、俺は、確信していた。
明日、彼らは、きっと、見つけ出すだろう。
自分たちの手で、自分たちの足で、自分たちの魂で。
師なき厨房で、空っぽになった器を満たす、最高の「答え」を。

【作者より】
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