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第73話 師なき厨房と、“故郷の味”の探求 (73-3)
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師なき厨房。モグモグの、あまりにも残酷なまでに正直な審判。その前に、俺たち弟子が作り上げた野心作『大陸漫遊プレート』は、ただの美しいだけのガラクタと化した。
厨房は、冷たい、重い沈黙に支配されていた。若い弟子たちの中には、うつむいたまま静かに涙を流す者さえいる。
俺、レオ自身もまた、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えていた。どうすればいい?
何が、間違っていた?
その凍てついた空気を破ったのは、意外な一言だった。
「…腹、減らねえか?」
声の主は弟子の一人だった。「最高の料理を作る前に、俺たちが腹ぺこじゃ話にならねえだろ」
その、あまりにも単純で根源的な言葉に、俺ははっとさせられた。そうだ。俺たちは、頭でっかちになりすぎていた。
俺は静かに立ち上がった。「皆、行くぞ」
「え…?
どこへです、レオさん?」
「決まってるだろ。俺たちの、腹と、空っぽになった魂を満たしてくれる最高の食材を探しにだ。俺たちは、厨房に籠っているから道を見失うんだ。もう一度、この街の『声』を、聞きに行こう」
俺たち弟子が、街へと駆け出していく。その光景を、**『木漏れ日の食卓亭』の二階の窓から、師である日向耕介が、そっと見守っていたことを、俺たちはまだ知らない。**その顔には、我が子の初めてのお使いを見守る親のような、心配と、そして、それを遥かに上回る、誇らしさと、信頼の光が浮かんでいた。彼は、何も言わずに、ただ、静かに、俺たちの背中を見送っていた。
俺たちが最初に向かったのは、漁師のギルさんの船だった。
「馬鹿野郎!
ごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。腹が減ったら、これを食う。ただ、それだけだろ!」
そう言うと、彼は、網にかかった一番威勢のいい魚を、数匹、俺たちの籠に無造作に放り込んでくれた。
次に向かったのは、パン職人のクラウスさんの工房。
「…わしも、昔はそうだった」彼は静かに言った。「最高のパンとは、最高の技術と素材からしか生まれんと。だが、日向殿に教わった。わしのパンを本当に完成させてくれるのは、食べる相手の『美味しい』という、笑顔なのだと」
そして、最後に訪れたのは、豆腐職人のゲンさんの店だった。店先にはもう行列ができている。彼は、俺たちの顔を見るなり、何も言わずに、出来立てのまだ温かい湯豆腐を一杯、差し出してくれた。
その、あまりにも優しく、そして深い、大豆の味。
その時、俺は、ようやく、気づいたのだ。(…そうだ。ギルさんの魚も、クラウスさんのパンも、ゲンさんの豆腐も、バラバラに輝かせるんじゃない。この、俺たちを育ててくれた、全ての温かさを、一つの器で、優しく、優しく、包み込んでやるんだ。まるで、この街そのもののように…!)
俺たちが作るべき料理の、その確かな輪郭が、目の前に、はっきりと見えた。
港町に戻った俺は、厨房で仲間たちに宣言した。
「…分かったぞ、皆。俺たちが、作るべき一皿が」
俺の瞳には、もう迷いはなかった。
「俺たちが作るのは、ドワーフの料理でも、エルフの料理でもない。ギルさんの魚、クラウスさんのパン、そして、ゲンさんの豆腐。この、俺たちを育ててくれた職人たちの魂を、一つの器に閉じ込めた、最高の**『ポットパイ』**だ!」
それは、それぞれの食材が互いの良さを殺し合う、あの『大陸漫遊プレート』とは全く違う。港町の全ての職人たちの魂が、一つのパイの中で互いを尊敬し、支え合い、そして一つの温かい家族となる。
その、あまりにも温かく、そして力強い答えに、弟子たちの目に、再び、希望の光が、力強く、灯った。
【作者より】
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
厨房は、冷たい、重い沈黙に支配されていた。若い弟子たちの中には、うつむいたまま静かに涙を流す者さえいる。
俺、レオ自身もまた、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えていた。どうすればいい?
何が、間違っていた?
その凍てついた空気を破ったのは、意外な一言だった。
「…腹、減らねえか?」
声の主は弟子の一人だった。「最高の料理を作る前に、俺たちが腹ぺこじゃ話にならねえだろ」
その、あまりにも単純で根源的な言葉に、俺ははっとさせられた。そうだ。俺たちは、頭でっかちになりすぎていた。
俺は静かに立ち上がった。「皆、行くぞ」
「え…?
どこへです、レオさん?」
「決まってるだろ。俺たちの、腹と、空っぽになった魂を満たしてくれる最高の食材を探しにだ。俺たちは、厨房に籠っているから道を見失うんだ。もう一度、この街の『声』を、聞きに行こう」
俺たち弟子が、街へと駆け出していく。その光景を、**『木漏れ日の食卓亭』の二階の窓から、師である日向耕介が、そっと見守っていたことを、俺たちはまだ知らない。**その顔には、我が子の初めてのお使いを見守る親のような、心配と、そして、それを遥かに上回る、誇らしさと、信頼の光が浮かんでいた。彼は、何も言わずに、ただ、静かに、俺たちの背中を見送っていた。
俺たちが最初に向かったのは、漁師のギルさんの船だった。
「馬鹿野郎!
ごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。腹が減ったら、これを食う。ただ、それだけだろ!」
そう言うと、彼は、網にかかった一番威勢のいい魚を、数匹、俺たちの籠に無造作に放り込んでくれた。
次に向かったのは、パン職人のクラウスさんの工房。
「…わしも、昔はそうだった」彼は静かに言った。「最高のパンとは、最高の技術と素材からしか生まれんと。だが、日向殿に教わった。わしのパンを本当に完成させてくれるのは、食べる相手の『美味しい』という、笑顔なのだと」
そして、最後に訪れたのは、豆腐職人のゲンさんの店だった。店先にはもう行列ができている。彼は、俺たちの顔を見るなり、何も言わずに、出来立てのまだ温かい湯豆腐を一杯、差し出してくれた。
その、あまりにも優しく、そして深い、大豆の味。
その時、俺は、ようやく、気づいたのだ。(…そうだ。ギルさんの魚も、クラウスさんのパンも、ゲンさんの豆腐も、バラバラに輝かせるんじゃない。この、俺たちを育ててくれた、全ての温かさを、一つの器で、優しく、優しく、包み込んでやるんだ。まるで、この街そのもののように…!)
俺たちが作るべき料理の、その確かな輪郭が、目の前に、はっきりと見えた。
港町に戻った俺は、厨房で仲間たちに宣言した。
「…分かったぞ、皆。俺たちが、作るべき一皿が」
俺の瞳には、もう迷いはなかった。
「俺たちが作るのは、ドワーフの料理でも、エルフの料理でもない。ギルさんの魚、クラウスさんのパン、そして、ゲンさんの豆腐。この、俺たちを育ててくれた職人たちの魂を、一つの器に閉じ込めた、最高の**『ポットパイ』**だ!」
それは、それぞれの食材が互いの良さを殺し合う、あの『大陸漫遊プレート』とは全く違う。港町の全ての職人たちの魂が、一つのパイの中で互いを尊敬し、支え合い、そして一つの温かい家族となる。
その、あまりにも温かく、そして力強い答えに、弟子たちの目に、再び、希望の光が、力強く、灯った。
【作者より】
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
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*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
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