異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第1話 はじめてのまかない~心温まる異世界のシチュー~ (1-1)

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ジュウウゥゥ……。
分厚い鉄鍋の上で、カモの脂が心地よい音を立てて弾ける。立ち上る湯気に乗って、タイムとローズマリーの爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

「よし、火入れは完璧。あとはカスレと合わせて……」

俺――日向耕介(ひなた こうすけ)が、仕上げに取り掛かろうとした、その瞬間だった。
ぐにゃり、と視界が歪んだ。いや、世界そのものが歪んだ。

「……え?」

目を開けると、そこはさっきまでいたはずのキッチンスタジオではなかった。

「……はぁ?」

思わず、素っ頓狂な声が出た。
目の前には、天を突くほどの巨木がどこまでも広がり、足元は湿った土と苔で覆われている。ひんやりとした空気に満ちる、濃密な緑の匂い。

「……いやいやいや、待て待て待て」

俺はぶんぶんと頭を振る。

「なんだこの手の込んだドッキリは!? おい、カメラどこだよ!」

大声で叫んでみるが、返ってくるのは名も知らぬ鳥の鳴き声だけ。頬をつねると、ジンジンとした確かな痛みが走った。
スマホは……当然のように「圏外」。

「マジか……異世界転移ってやつか……?」

フードコーディネーターとして、食に関する知識なら誰にも負けない自信がある。だが、サバイバル知識は完全に専門外だ。これは……洒落にならないほどマズい状況じゃないか?

途方に暮れ、重い足を引きずって森を彷徨う。どれくらい経っただろう。喉はカラカラで、腹の虫が限界を知らせるように鳴り響いた。疲労と空腹で、意識が遠のきかけた、その時だった。

「きゅぅ……」

足元の茂みから、か細い鳴き声が聞こえた。
そこにいたのは、子犬ほどの大きさの、全身を雪のように真っ白な毛で覆われた生き物だった。大きな黒い瞳が、潤んだようにこちらを見上げている。

警戒しながらも、その弱々しい姿に、つい手を差し伸べそうになる。するとその生き物は、ふんふんと鼻を鳴らし、おもむろに俺のエプロンに顔を近づけた。

「……ん? なんだ?」

生き物は、エプロンに染みついた匂いを夢中で嗅いでいる。ああ、そうか。さっきまで調理していた、カモのコンフィとハーブの匂いだ。

「腹、減ってるのか? 悪いな、今は何も持ってないんだ」

俺が力なく笑いかけると、生き物は「きゅぅん!」と悲しそうな声を上げた。そして、何かを思いついたように、俺のズボンの裾を軽く咥え、ぐいぐいと引っ張り始めた。

「わかった、わかったから! そっちに行けばいいんだろ?」

他に当てもない。俺はこの食いしん坊な小さな案内人に、命運を託すことにした。

しばらくして森を抜けた先に現れたのは、一軒の古びた宿屋だった。大きな木の看板には、消えかかった文字で『木漏れ日の食卓亭』と書かれている。

「しょくたく……てい……」

その言葉が、乾ききった俺の心に、温かいスープのようにじんわりと染み渡った。

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