異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第1話 はじめてのまかない~心温まる異世界のシチュー~ (1-2)

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扉を開けると、カラン、と乾いたベルの音が鳴った。酒と埃の匂いが混じった空気の中、数人の無骨な男たちが静かにエールを呷(あお)っている。活気があるとは、お世辞にも言えない。

「……いらっしゃい」

カウンターの奥から現れたのは、腕組みをした気の強そうな女性だった。

「すみません、旅の者なんですが……一晩、泊めていただけませんか?」
「生憎だが、うちはもう仕舞いだよ。それに、あんたみたいな見るからに素性の知れないヤツを泊める部屋はないね」

女性――宿屋の主人らしいベアトリスは、訝(いぶか)しげな目で俺を値踏みした。厳しい言葉だが、その瞳の奥に、俺の疲弊しきった様子を気遣う色が浮かんでいる。

「お母さん! でも、この人、それにこの子も、お腹すいてるみたいだよ?」

ベアトリスの後ろからひょっこり顔を出したのは、金髪の可愛らしい少女だった。彼女の視線は、俺の足元に隠れた白い生き物に釘付けだ。

「リリィアは引っ込んでなさい」
「でも……」

食い下がる少女に、俺は最後の気力を振り絞って頭を下げた。

「お願いします! お金は……ありません。でも、俺は料理人です! ここで働かせてください! 必ず、お役に立ってみせますから!」

俺の言葉に、ベアトリスは少しだけ目を見開いた。彼女は俺の、土と油で汚れたが、節くれだった指先をじっと見つめると、やがて大きなため息をついた。

「……わかったよ。今日のところは泊めてやる。ただし、まかないくらいは作ってもらうからね。あんたの腕前、見せてもらうよ」

「は、はい! ありがとうございます!」

こうして、俺と、腹を空かせて「もぐもぐ」と食べ物の匂いを追いかけていたから「モグモグ」と名付けた、白くてふわふわな相棒の、異世界での新しい生活が始まった。

ベアトリスに案内された厨房は、想像以上に質素だった。石造りのカマドが二つに、大きな寸胴鍋(ずんどうなべ)。棚には硬そうな黒パンと干し肉、干し野菜が少しあるだけ。

「使える食材はそこにあるものだけだよ。無駄遣いは承知しない」
「十分すぎます」

俺が即答すると、ベアトリスは意外そうな顔をした。
食堂に目をやると、冒険者たちが相変わらず生気のない目でエールを飲んでいる。

「リリィアちゃん、いつもお客さんたちはあんな感じなのかい?」
「うん……みんな、お仕事で疲れてるから……。本当は、もっと楽しくご飯を食べてほしいんだけど……」

リリィアが悲しそうに俯く。
そうだ。彼らに必要なのは、ただ腹を満たすだけの食事じゃない。疲れた心と体を、芯からじんわりと解きほぐしてくれるような、温かい一皿だ。

俺は寸胴鍋に水を張り、カマドに火を入れた。硬い干し肉と野菜で、じっくりと出汁(だし)を取る。

「モグモグ、ちょっと手伝ってくれ。この中に、何か隠れた逸品はないか? このスープの味を、もう一段階深くしてくれるような……」

俺が棚を指差すと、モグモグは待ってましたとばかりに駆け出し、棚の奥へ潜り込んでいった。ガタガタと小さな物音がしたかと思うと、埃まみれの小さな壺を一生懸命押してくる。

「これか? ただの塩じゃないのか?」

指先に少しつけて舐めてみると、その違いに驚いた。ただ塩辛いだけじゃない。舌の上に、じんわりと広がる柔らかな甘みと、豊かなミネラルの風味。

「すごいな、これ……! この塩なら、あの肉と野菜の味を最大限に引き出せる!」

俺はモグモグの頭を優しく撫で、その岩塩を慎重に鍋へ加えた。

コトコトと、鍋が心地よい音を立て始める。
厨房に、今までこの宿屋では香ったことのないような、深く、そして優しい匂いが満ちていく。
その食欲をそそる香りに、最初に気づいたのはリリィアだった。

「……日向さん、なんだか、すごくいい匂いがする……!」

そして、その香りは厨房から漏れ出し、静まり返っていた食堂へと、ゆっくりと漂い始めた。
一人、また一人と、生気のなかった冒険者たちが、その香りに誘われるように顔を上げる。

彼らの瞳に、ほんの少しだけ、好奇心の光が灯り始めていた。

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