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第4話 幕間・漁師ギルの誇り
しおりを挟む夜明け前の、まだインクを溶かしたような色の海へ、俺、ギルは一人で船を出す。
もう何十年と繰り返してきた、俺の日常だ。
引き上げる網の重さで、その日の稼ぎが大体決まる。釣れた魚を市場へ運び、宿屋や飯屋に卸す。たったそれだけの、代わり映えのしない毎日。
いつからだろうな。この仕事に、誇りよりも諦めを感じるようになったのは。
俺がどれだけ精魂込めて、新鮮で美味い魚を獲ってきても、街の奴らの反応はいつも同じだ。
「骨が多くて食いづらい」
「見た目が悪い」
特に子供たちは、俺の魚を見るなり顔をしかめる。残された皿を見るたびに、胸の奥がチクリと痛んだ。俺の仕事は、誰にも喜ばれない、虚しいものなんじゃないか。そんな思いが、船の底に溜まる海水のように、じわじわと俺の心を冷やしていった。
だが、昨日は違った。
あの日向の旦那……いや、日向先生が作った、あの丸くて、香ばしい匂いのする料理。
「海鮮パンケーキ」とか言ったか。
俺は、自分の目を疑った。
昨日まで俺の魚に見向きもしなかった子供たちが、目をきらきらさせながら、あのパンケーキに夢中でかぶりついている。
「このお魚、すっごく美味しい!」
「おかわり!」
食堂に響き渡る、子供たちの元気な声。
その中の一人のガキが、俺に気づいて駆け寄ってきた。
「おっちゃーん! 今日のお魚、最高だったぞ!」
その一言に、不覚にも、目頭が熱くなった。
頬を伝うのが、潮風のせいだけじゃないことを、隣にいたベアトリスに気づかれていないといいが。
日向先生は、魔法使いだ。
俺が当たり前のように獲っていた、ただの雑魚やイカを、子供たちが奪い合うほどの「宝物」に変えてしまったのだから。
骨を取り、身をほぐし、他の食材と混ぜ合わせる。たったそれだけの手間が、魚が持つ本当の価値を、皆に教えてくれた。
俺の仕事は、無駄じゃなかった。
俺が毎日、この冷たい海で引き上げている網の先には、あの子供たちの笑顔が、確かに繋がっていたんだ。
水平線の向こうが、ゆっくりと白み始める。
今日も、大漁の予感がした。
「よし……!」
俺は力強く網を引き上げる。
腕に感じる確かな重み。それはもう、ただの魚の重さではなかった。
宿屋で待つ皆の、期待の重さだ。
今日は、少し変わった珍しい貝が獲れた。
あの日向先生なら、この貝で、またどんな魔法を見せてくれるだろうか。
港に戻る船の上で、俺は久しぶりに、親父から教わった漁師の唄を口ずさんでいた。
その声は、朝日を浴びて輝く海の上を、どこまでも晴れやかに転がっていった。
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