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第10話 幕間・天才の涙と、一皿の丼
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収穫祭の喧騒が、遠い潮騒のように聞こえる。
俺、アントワーヌは、夕暮れの港に一人、ただ立ち尽くしていた。
手の中には、まだ、あの日向耕介とかいう男が作った、親子丼の温かさが残っているような気がした。
(……なぜだ)
何度、自問自答しただろう。
なぜ、俺の芸術が、あんな素朴な、ありふれた丼に負けたのか。
俺の料理は、完璧だったはずだ。
世界中から取り寄せた最高の食材。王都で磨き上げた、誰にも真似できない最新の技術。美しく盛り付けられた、まさに食べる宝石箱。
事実、口にした人々は、皆、驚嘆し、賞賛の声を上げた。
勝つのは、俺のはずだった。
だが、結果は、どうだ。
あの日向耕介の丼の前には、俺のパエリアの何倍もの木札が、まるで小高い山のように積まれていた。
一口、食べた瞬間に、理解してしまった。
俺が、完膚なきまでに、敗北した理由を。
(……馬鹿な。材料は、そこの市場で手に入る、ただの鶏肉と卵のはずだ。なのに、なぜ、これほどまでに、味が深い? なぜ、これほどまでに、温かい……!?)
俺は、料理人だ。だから、分かってしまった。
あの丼の中に隠されていた、恐るべきほどの**『技術』**を。
あの、黄金色に輝く**出汁**。ただの鶏ガラのスープではない。昆布と干し魚の旨味が、完璧な温度管理によって、一滴残らず引き出されていた。俺が、派手なソースを作ることに夢中になるあまり、疎かにしていた、全ての料理の根幹。
あの、驚くほどに柔らかい**鶏肉**。そして、舌の上でとろける、神の領域の**半熟卵**。あれは、偶然の産物などではない。秒単位で計算され尽くした、完璧な火入れの賜物だ。
俺は、ずっと、「足し算」をしてきた。
最高の食材に、最高の技術を、次々と重ねていく。それが、至高の料理だと信じて。
だが、あの日向耕介という男は、違った。
彼は、**「引き算」**をしていたのだ。
余計なものを、全て削ぎ落とし、ただひたすらに、出汁、米、鶏、卵という、基本中の基本を、極限まで磨き上げていた。
そして、気づいたのだ。
人々が感じていた、あの「温かさ」の正体に。
あれは、感傷などではない。
作り手の、完璧な技術と、揺るぎない哲学が、ありふれた食材を通して、食べる者の魂を、直接、揺さぶっていたのだ。
それこそが、彼が言う**『絆』**の、本当の姿だったのだ。
「……ははっ」
乾いた笑いが、口から漏れた。
俺は、料理人として、一番大事なことを忘れていたらしい。
料理は、決して一人では作れない。
食材を育てる者、運ぶ者、そして、食べてくれる者がいて、初めて完成する。
俺は、いつから、その当たり前のことを忘れてしまったのだろうか。
夕日が、海を黄金色に染めていく。
それは、まるで、あの親子丼の卵黄の色のように、温かくて、そして少しだけ、切ない色をしていた。
(……王都に、帰ろう)
そして、もう一度、一からやり直すんだ。
俺の芸術に、あの温かさを加える方法を、探す旅を。
いや、違う。
俺が作り上げてきた、虚ろな芸術を、一度、全て、叩き壊すのだ。
もちろん、あの男に負けたままでいるつもりはない。
次に会う時こそ、俺は、俺だけのやり方で、最高の「絆の味」を作ってみせる。
アントワーヌは、涙を拭うと、前を向いた。
その顔は、敗北に打ちひじがれた料理人ではなく、新たな目標を見つけた、一人の挑戦者の顔つきに戻っていた。
天才と呼ばれた男の、本当の物語は、この港町での一杯の敗北から、静かに始まろうとしていた。
◼️◼️◼️◼️◼️
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
読者の皆様、いつも拙作『異世界でのんびりクッキングロード』を応援いただき、誠にありがとうございます。
皆様からいただく温かい感想や、鋭いご意見の一つ一つが、この物語の世界をより豊かに、そして登場人物たちをより魅力的にしてくれています。
その感謝を込めて、先日、物語の整合性をさらに高めるため、第10話と第15話の描写を一部、改稿させていただきました。全ては、皆様により良い物語体験をお届けするためです。
これからも、日向耕介たちの温かい物語を、誠心誠意紡いでまいります。引き続き、応援のほど、よろしくお願いいたします。
俺、アントワーヌは、夕暮れの港に一人、ただ立ち尽くしていた。
手の中には、まだ、あの日向耕介とかいう男が作った、親子丼の温かさが残っているような気がした。
(……なぜだ)
何度、自問自答しただろう。
なぜ、俺の芸術が、あんな素朴な、ありふれた丼に負けたのか。
俺の料理は、完璧だったはずだ。
世界中から取り寄せた最高の食材。王都で磨き上げた、誰にも真似できない最新の技術。美しく盛り付けられた、まさに食べる宝石箱。
事実、口にした人々は、皆、驚嘆し、賞賛の声を上げた。
勝つのは、俺のはずだった。
だが、結果は、どうだ。
あの日向耕介の丼の前には、俺のパエリアの何倍もの木札が、まるで小高い山のように積まれていた。
一口、食べた瞬間に、理解してしまった。
俺が、完膚なきまでに、敗北した理由を。
(……馬鹿な。材料は、そこの市場で手に入る、ただの鶏肉と卵のはずだ。なのに、なぜ、これほどまでに、味が深い? なぜ、これほどまでに、温かい……!?)
俺は、料理人だ。だから、分かってしまった。
あの丼の中に隠されていた、恐るべきほどの**『技術』**を。
あの、黄金色に輝く**出汁**。ただの鶏ガラのスープではない。昆布と干し魚の旨味が、完璧な温度管理によって、一滴残らず引き出されていた。俺が、派手なソースを作ることに夢中になるあまり、疎かにしていた、全ての料理の根幹。
あの、驚くほどに柔らかい**鶏肉**。そして、舌の上でとろける、神の領域の**半熟卵**。あれは、偶然の産物などではない。秒単位で計算され尽くした、完璧な火入れの賜物だ。
俺は、ずっと、「足し算」をしてきた。
最高の食材に、最高の技術を、次々と重ねていく。それが、至高の料理だと信じて。
だが、あの日向耕介という男は、違った。
彼は、**「引き算」**をしていたのだ。
余計なものを、全て削ぎ落とし、ただひたすらに、出汁、米、鶏、卵という、基本中の基本を、極限まで磨き上げていた。
そして、気づいたのだ。
人々が感じていた、あの「温かさ」の正体に。
あれは、感傷などではない。
作り手の、完璧な技術と、揺るぎない哲学が、ありふれた食材を通して、食べる者の魂を、直接、揺さぶっていたのだ。
それこそが、彼が言う**『絆』**の、本当の姿だったのだ。
「……ははっ」
乾いた笑いが、口から漏れた。
俺は、料理人として、一番大事なことを忘れていたらしい。
料理は、決して一人では作れない。
食材を育てる者、運ぶ者、そして、食べてくれる者がいて、初めて完成する。
俺は、いつから、その当たり前のことを忘れてしまったのだろうか。
夕日が、海を黄金色に染めていく。
それは、まるで、あの親子丼の卵黄の色のように、温かくて、そして少しだけ、切ない色をしていた。
(……王都に、帰ろう)
そして、もう一度、一からやり直すんだ。
俺の芸術に、あの温かさを加える方法を、探す旅を。
いや、違う。
俺が作り上げてきた、虚ろな芸術を、一度、全て、叩き壊すのだ。
もちろん、あの男に負けたままでいるつもりはない。
次に会う時こそ、俺は、俺だけのやり方で、最高の「絆の味」を作ってみせる。
アントワーヌは、涙を拭うと、前を向いた。
その顔は、敗北に打ちひじがれた料理人ではなく、新たな目標を見つけた、一人の挑戦者の顔つきに戻っていた。
天才と呼ばれた男の、本当の物語は、この港町での一杯の敗北から、静かに始まろうとしていた。
◼️◼️◼️◼️◼️
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
読者の皆様、いつも拙作『異世界でのんびりクッキングロード』を応援いただき、誠にありがとうございます。
皆様からいただく温かい感想や、鋭いご意見の一つ一つが、この物語の世界をより豊かに、そして登場人物たちをより魅力的にしてくれています。
その感謝を込めて、先日、物語の整合性をさらに高めるため、第10話と第15話の描写を一部、改稿させていただきました。全ては、皆様により良い物語体験をお届けするためです。
これからも、日向耕介たちの温かい物語を、誠心誠意紡いでまいります。引き続き、応援のほど、よろしくお願いいたします。
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*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
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