異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

文字の大きさ
47 / 293

第12話 頑固な学者と、記憶を呼び覚ますリゾット (12-3)

しおりを挟む

米がアルデンテに仕上がった、その瞬間。
俺は火から鍋を下ろし、たっぷりの粉チーズと、炒めた『賢者の目覚め』、そしてバターを加えて、素早く全体を混ぜ合わせた。
米と、チーズと、バターが乳化し、とろりとした、完璧なクリーム状になる。

深皿に、出来立てのリゾットを盛り付け、黒コショウをひと振りして、完成だ。
見た目は、驚くほどにシンプル。
だが、その一皿からは、知識の森のように深く、そして、慈愛に満ちた、優しい香りが立ち上っていた。

俺とリリィアは、その一皿を手に、エルドリン教授の屋敷へと向かった。
分厚い木の扉をノックするが、返事はない。

「教授! リリィアです! 日向さんが、教授のために、美味しいご飯を作ってきてくれました!」

リリィアが、扉に向かって呼びかける。
それでも、中からは何の反応もない。
俺たちは、諦めずに、何度も、何度も、呼びかけ続けた。

どれくらいの時間が経っただろうか。
諦めて帰ろうとした、その時。
ギィ……と、錆び付いた蝶番(ちょうつがい)が軋むような音を立てて、扉が、ほんの少しだけ開いた。

隙間から、やつれた顔のエルドリン教授が、こちらを睨みつけていた。
「……何の用だ。わしは、誰とも会う気はないと、言ったはずだぞ」
その声は、ひどくかすれて、弱々しかった。

「教授、お願い。一口だけでいいの。これだけ、食べてみて」

リリィアが、涙ながらに懇願する。
俺は、無言で、リゾットの皿を、彼の目の前に差し出した。
扉の隙間から、リゾットの温かい湯気と、キノコの知的な香りが、部屋の中へと流れ込んでいく。

教授の鼻が、ぴくりと動いた。
その瞳が、ほんのわずかに、揺らぐ。
長年、知識の探求に費やしてきた彼の脳が、あの『賢者の目覚め』の香りに、抗うことはできなかった。

「……入れ」

ぽつりと、彼が呟いた。
屋敷の中は、分厚いカーテンが閉められ、昼間なのに薄暗く、時間が止まったかのように、空気が淀んでいた。
俺は、書物が山と積まれたテーブルの上に、リゾットの皿を置いた。

教授は、ゆっくりと椅子に腰掛けると、疑いの目を向けながらも、スプーンを手に取った。
そして、億劫そうに、リゾットを一口、口に運んだ。

その刹那。
彼の、全てを諦めきっていたような瞳が、カッと見開かれた。

(な……なんだ、これは……!?)

口の中に広がるのは、米の優しい甘みと、スープの深いコク。そして、キノコが放つ、森の賢者のような、清冽な香り。
一口、また一口と食べるごとに、淀んでいた頭の中に、澄み切った光が差し込んでくるような感覚。忘れていたはずの、知への探求心が、体の奥底から、むくむくと湧き上がってくる。

「……うまい……」

ぽつりと漏れた呟き。
次の瞬間、彼は、我を忘れたように、夢中でリゾットを口に運び始めた。
それは、空腹を満たすための食事ではなかった。
消えかけていた、自らの情熱の炎に、再び薪をくべるための、神聖な儀式のようだった。

やがて、皿の上が綺麗になった頃。
エルドリン教授は、スプーンを置くと、大きな、大きなため息をついた。
それは、長年、彼を縛り付けていた重い枷が、外れた瞬間の、解放のため息だった。

「……わしは、間違っていたようだ」

彼は、穏やかな顔で、俺たちに言った。
「知識とは、ひけらかすものでも、押し付けるものでもない。ただ、こうして、根気よく、相手が受け取ってくれるのを待ち続ける……。そんな、温かいものだったのかもしれんな」

彼は、ゆっくりと立ち上がると、分厚いカーテンを、勢いよく開いた。
部屋の中に、眩しいほどの、午後の光が差し込んでくる。

「……ありがとう、日向殿。そして、リリィア。おかげで、わしは、もう一度、ペンを握る勇気が湧いてきたよ」

その夜、エルドリン教授の屋敷には、何ヶ月ぶりかに、温かい灯りが灯った。
そして翌日、街の図書館の扉は、再び、子供たちの明るい声を迎え入れるために、ゆっくりと、しかし、確かに開かれたという。

食は、時に、消えかけた情熱の炎を、再び燃え上がらせる。
一人の料理人が、根気と愛情で作り上げた一皿は、一人の老学者の心を、見事に再生させたのだった。

◼️◼️◼️◼️◼️
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

処理中です...