異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第13話 初めての“黒い”シチューと、大航海時代の知恵 (13-2)

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翌朝、俺はマードックたち船乗りと共に、漁船に乗り込んでいた。
リリィアも「私も行く!」と聞かなかったが、さすがに沖に出るのは危ないので、ベアトリスに止められ、港で留守番だ。

「いいか、日向の旦那。この辺りで獲れる『月光イカ』は、夜になると淡く光る、美しいイカだ。だが、そのスミは、どんなイカよりも濃厚で、味がいい」

マードックに教わりながら、俺は生まれて初めて、イカ釣りに挑戦した。
最初は苦戦したが、持ち前の集中力で、すぐにコツを掴んでいく。

釣り上げたばかりの月光イカは、その名の通り、銀色の体が月の光を反射して、キラキラと輝いていた。そして、その体内にある、漆黒のスミ袋。街の漁師たちが「毒袋」と呼んで捨てていた、宝物だ。

宿屋に戻った俺は、早速、マードックの指導のもと、調理を開始した。
厨房には、マードックだけでなく、他の船乗りたちや、リリィア、ベアトリス、そして噂を聞きつけた常連客までが集まり、物珍しそうに俺の手元を見つめている。

「まず、イカの身とゲソを、ニンニクと玉ねぎと一緒に、この茶色い油で炒めるんだ」
マードックが指差したのは、オリーブオイルに似た、独特の青臭い香りがする油だった。

「日向さん、なんだか、真っ黒なものが出てきたよ……!」
リリィアが、少し怖がりながらも、興味津々に鍋を覗き込む。
俺が、取り出したばかりのイカ墨を鍋に加えると、中の食材が、見る見るうちに漆黒に染まっていった。

「うわっ……! 本当に、真っ黒だ……!」
「こいつは、気味が悪いぜ……」
集まった客たちから、どよめきと、少しの戸惑いの声が上がる。

俺は、鍋をかき混ぜながら、集まった人々に語りかけた。
「皆さん、この真っ黒な料理が、どうして生まれたか、知っていますか?」
俺は、マードックの顔を見て、にっこりと笑う。

「俺の世界の大航海時代、船乗りたちは、常に死と隣り合わせでした。何ヶ月も陸に上がれず、船の食料が尽きることは、死を意味した。そんな絶望的な状況で、彼らは知恵を絞ったんです。**普通なら捨ててしまう、このイカの墨袋に、実は驚くほどの栄養と、深い旨味があることを、彼らは発見しました。**」

俺の言葉に、マードックが、誇らしげに頷く。
「その通りだ。この黒いシチューは、ただの郷土料理じゃねえ。**絶望的な状況でも、決して諦めなかった、俺たち船乗りの、知恵と勇気の結晶**なんだよ」

その言葉に、厨房の空気が変わった。
ただ「気味が悪い」と見ていた客たちの目が、尊敬と、興味の色を帯び始める。

鍋に、白ワインと、トマトに似た酸っぱい果実のソース、そしてたっぷりの魚介の出汁を加え、煮込んでいく。
やがて、厨房には、これまで誰も嗅いだことのないような、濃厚で、複雑で、そして力強い、海の香りが満ち始めた。

「……ううん、美味い。美味いが……何かが、ほんの少しだけ、足りねえな……」

味見をしたマードックが、首を捻る。
故郷の味と、寸分違わぬはず。だが、最後の決め手となる、何かが欠けている。

その時だった。
「きゅいん!」
いつの間にか厨房を抜け出していたモグモグが、口に緑色の海藻のようなものを咥えて、戻ってきた。

「モグモグ、それは?」
受け取って香りを嗅ぐと、潮の香りと、爽やかなハーブの香りが混じったような、非常に食欲をそそる香りがした。

「……! まさか、こいつは……! 旦那、そいつを少し、鍋に入れてみてくれ!」
マードックが、目を見開いて叫んだ。

俺は、その『潮風のハーブ』を、鍋にそっと加えた。
その瞬間、奇跡が起きた。
シチューの香りが、一変したのだ。ただ濃厚なだけだった香りに、爽やかな磯の風が吹き抜け、味に、驚くほどの奥行きと、立体感が生まれた。

「……これだ……! 間違いねえ! これが、俺たちの故郷の味だ!」

マードックは、子供のように、目を輝かせて叫んだ。
モグモグのファインプレーによって、ついに、奇跡のシチューは、完成の時を迎えようとしていた。

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